ゼロの使い魔 ハルケギニア茨道霧中
第五十二話「無礼講」




 王党派最後の砦であるニューカッスルの城、その中庭にて再び舌戦が始まっていた。
 但しリシャールの相手は眼帯の男……皇太子ウェールズに代わっている。
「馬鹿な!?
 何を言っているのだ、君は!!」
「ウェールズ、落ち着いてくれ。
 これはありとあらゆる……とまでは言わないけど、最善手と思えたほぼ唯一の方法なんだ」
「しかし、ここまで着いてきてくれた者たちを捨て駒にして、私だけが……」
 ジェームズ王と調整した未来への布石は、案の定当人が猛反対した。
 リシャールの方でも既にジェームズ王との一戦を終え、普段の様子をかなぐり捨てて素の自分を表に出している。本人は気付いていない様子だが、ジェームズ王はそれを興味深げに眺めていた。
「そりゃあ、全てが上手く行くなんて、僕にも思えないよ。
 もう今の時点で相当苦しいし……。
 でも、おかげで見えてきたものもある」
「何が見えたんだ?」
「僕は難しく考えすぎていた。
 ジェームズ陛下とお話をするまでは、なんとか自分の国と持てる力を最大限に生かしてアルビオンとトリステインに有利な条件を調えることでセルフィーユを維持存続させ、この戦争を乗り切ろうと思っていたよ」
「当然だな。
 しかし、大国の内乱、あるいは大国の絡む戦争となると規模が大きすぎる。
 セルフィーユはフリゲート一隻でもかなり無理をしているだろう?」
 少し落ち着いたのか、ウェールズはパリー卿の差し出した水をぐいっと飲んでふうと息を吐いた。
「その通り。
 だから君は逃がすが、その後について、セルフィーユは一切関知しないという筋書きを立てることにした」
「何っ!?」

 ウェールズをトリステインに亡命させることさえ不可能なこの状況、セルフィーユが彼を預かることなど出来ようはずがなかった。
 当初はジェームズ王も含め、せめて生き残っている者全員を何らかの形で逃がす手をと腐心したのだが、それは否定されている。
 無論、老王も無駄に臣下の命を散らしたいわけではない。それ以上に他国に無駄な人死にを呼び込むことをこそ、恥としたのだ。
 ジェームズ王やウェールズがテューダー王家の大看板を背負ったまま準備の整わぬトリステイン、あるいは国力が小さすぎるセルフィーユへと亡命すれば、そのままレコン・キスタと開戦してしまうことは明白であった。
 だったらいっそと提案したのが、連合軍の組織化がひとつところに落ち着くまで王党派には延々戦い続けて貰うという選択肢である。
 どこか一国が庇っては文句も出ようが、徹底抗戦の末に生き残る分には誰も文句がつけられまい。ジェームズ王とウェールズはレコン・キスタと対峙し続けることで自らの身を確保し、テューダー家屈せずと世に示すのだ。

「ニューカッスルが落ちれば『イーグル』が、『イーグル』が沈めば『イプスウィッチ』が、移動する王城になる」
「なるほどな。
 私は本物の空賊になるわけだ」
「皇太子が膝を屈せず抵抗を続ける限り、レコン・キスタは目のたんこぶをいつまでも気にしていなきゃいけない。
 向こうにしてみれば大迷惑だと思わないかい?」
「それはそうだろうな」
「うちでもトリステインでもテューダー王家は引き取れない。ガリアやゲルマニアだと後々面倒だし、ロマリアは論外だ。
 だから君には『イーグル』で、あるいは『イプスウィッチ』で戦い続けてもらわないといけない。……表向きはね」
「……おいおい」
 肩をすくめるリシャールに、ウェールズは多少呆れた様子である。

 レコン・キスタ全軍が相手となれば逃げ切れるはずがないことは、提案したリシャールも重々承知していた。商船を襲って食いつなぐにも隠れてやり過ごすにも、限度というものがある。
 ……こちらは囮、そして欺瞞であった。
 しかし、ただ死ぬことを待つ捨て駒ではない。手を打たなければ全滅は免れないのだからと気軽に言えるわけもないが、名誉の為だけに命を散らすよりはそこに希望も添えられている方がいくらか良い。ジェームズ王の意志は硬く、リシャールの熱意で折衷案こそ引き出せたがそこまでであった。

「いや、冷静に考えてみてくれ。
 青い空軍旗を掲げたフリゲート二隻、全力で追ってくるレコン・キスタから何ヶ月保たせられる?
 君が司令官なら見逃すかい?」
「ありえないな。
 全軍投じてでも確保を優先させるだろう」
「僕もそう思う。
 だからね、順番は前後するけど、欺瞞や工作は多重に掛けるよ。
 ……家名を捨てて平民に身分を落とした元貴族なら、うちでも預かれる」
「……そういうことか」
「うん。
 うちの空海軍には、元アルビオン空軍の将兵が沢山いるからね」
 そちらも実は囮だとまでは、この場では口にしない。アルビオン人が集住しているなら、誰かが調べに来るだろうという予想はすぐに付いた。
「詳しい話はもう少し詰める必要があるけど……君はしばらく、『イーグル』に乗っていると世間には思って貰わないといけない。
 アンリエッタ姫に会うのは以ての外だし、皇太子としての扱いは受けられなくなる」
「そのぐらいは耐えてみせるが……。
 しかし……私が生きていても、諸国の書いた筋書きがそう変わるはずもないだろうと思える。
 リシャール、君は何を狙っているんだ?」
「そうだなあ。
 ……その方が都合がいいからって言えば、君は怒るかい?」
「今更だ。
 話を聞いてから怒るかどうか決めるさ」

 実は戦争が終結するまで、セルフィーユに恩恵はほぼない。
 現況ではトリステインでさえ預かれぬアルビオンの後継者だ、持て余すに十分なのである。
 リシャールが狙っているのは、戦後のアルビオン復興の柱にウェールズを据えることだった。アルビオン王姪たるアンリエッタの子孫を待たずとも、皇太子ウェールズをそのまま新テューダー家の長に据えればいい。ジェームズ王を翻意させた理由でもある。少なくともアルビオンとトリステイン、おまけでセルフィーユは一向に困らない。
 この場合、セルフィーユは外交の苦労なく同盟国を維持できるのだ。
 おそらくは他国にも領土を分割されて新生アルビオン王国の国力は極端に落ちようが、それでもセルフィーユなどよりも余程の大国として再建されよう。それに始祖の三国たる一国と強固に結ばれていることは、その後のセルフィーユの維持に大きな恩恵をもたらすはずであった。

「セルフィーユじゃ連合軍の末席に名を連ねることは出来ても、この規模の戦役だと戦果をかすめ取ることさえ難しいんだ。
 戦力としての評価や規模は、諸侯軍に加わる一貴族と大して変わらない。政府も軍部も同じ意見だし、僕も納得せざるを得なかった。
 だから、そちらは大国に丸投げする。
 そしてだ、戦役後まで君が生き残っていて、君をアルビオン王にしないという選択肢はほぼあり得ない。
 うちはその後、貿易なり何なりでじっくりと目立たないように儲けさせて貰うさ」
「割り切っているのだな、君は」
「そりゃあもうね、元より努力や根性で補える差じゃないし、王様になってからは色々考えたよ。
 ……何せ、大国の気分一つでうちは文字通り吹き飛ぶんだから。
 大きな嵐は入り江でやり過ごすに限るさ。
 君の表舞台への再登場さえ、セルフィーユは後押ししていない風に行いたいと思ってるよ」
 セルフィーユがウェールズの後ろ盾になってしまっては、いらぬ風当たりを受ける可能性も高い。今でさえ懇意であることは知れ渡っているし、その役どころは時期を見計らってトリステインへと押しつけてしまうべきと考えていた。

 その後もしばらくウェールズは決めかねていた様子だったが、ジェームズ王の一声に首を垂れた。
「この危機、先頭に立ってこそ王族たる者の務めを果たしたことになりましょう。
 私はそう思います」
「ウェールズ、間違えるな。
 それは朕の領分じゃ。
 勝手に侵すでない」
「しかし父上……」
「第一に、お主はまだ王ではない。
 最期まで屈せずと示すのが王の務めならば、倒れた王より位を継ぐのが王族の務め。
 お主はお主の務めを果たし、見事国を立て直して見せよ」
 ジェームズ王の言葉に、ウェールズはついに折れた。
 
 王制の良いところは、即断が実行に結びつくところである。
 急遽リシャール王歓迎の宴が催されることに決まり、ウェールズ自らが采配を振るった。ジェームズ王とウェールズにとっては決別の宴であり、次にウェールズがアルビオンへと入るのは、ロンディニウムが取り戻されてからとなろう。
 それを隠れ蓑にリシャールはウェールズを逃がすための手だてをあれこれと練り上げ、まずはとアルビオン貴族の中から、たったの五人しか残っていなかった若者全員を与えられた部屋に呼んだ。
 ちなみに表向きは茶会の続きと言うことで、ジェームズ王が臨席しパリー卿が補佐している。
「諸君、非常に申し訳ないのですが、諸君の貴重な時間を三年ほど頂戴することになりました。
 ジェームズ陛下のご命令は既に届いていますね?」
「はい、リシャール陛下」
 中央の一人が力強く首肯し、残りの四人もそれぞれの表情で頷いた。
「諸君には密命と共に、それぞれで異なる基本方針を示します。
 レコン・キスタに対する攪乱も兼ねていますので、互いに相反する動きをして貰うことになりましょう。
 申し訳ないですが、下された密命について事後も話をすることがないように願います」
 一人を残し、順に呼ぶのでしばらく待てと他の四人は一旦廊下で待機させる。
 ここから先は、ウェールズにすら話していない本当の機密であった。

 ニューカッスルの城で一番大きなホールは正餐にも使う格調高い部屋であるが、城に残るほぼ全ての人間が集まっていた。
 その数、およそ四百人。四百人のうち五割は王立空軍の将兵で、残りがここまで付き従ってきた貴族やその家人、そして王立騎士団や陸兵たちの生き残りである。水兵も旗艦配置の古参兵が多く、所在なげな若者は少ない。
 ちなみにセルフィーユの水兵達は、彼らに代わって城の見張りや給仕の一部を引き受けている。慣れぬ給仕などは粗相もあろうが、専門職ではない彼らに無理を言ったのは自分だった。
 テーブルに掛けられた白布の上には珍味の類が並べられ、その隣にはセルフィーユから持ち込まれたであろう魚介が盛られている。よく見れば珍味は保存のきくものが殆どで白布は分厚い帆布だったが、今更気にする者は居ない。
「昨今夜会なぞ開く機会もなかったでな、皆も久方ぶりにゆるりと過ごすがよかろう」
 ウェールズのその後はもちろん、アルビオン再興への道筋さえ、今は完全に伏せられている。リシャールとジェームズ王はともかく、その全貌を知る者はいない。準備に当たったごく少数の関係者のみが部分部分を知ってこそいたが、当のウェールズにも詳細は伏せられていたほどだ。
「またリシャール王のご提案でな、今宵の宴は無礼講とする。直答の許しもなにもない、本物の無礼講じゃぞ。
 貴族も兵もメイドも共に杯を持て! 皆同じ戦友じゃ! 大いに飲み、大いに騒げ!!」
 腰は曲がっていたがジェームズ王はしっかりとした声で、ホールに集まった人々に宴の開会を知らしめた。
 集まった彼らは顔を見合わせることさえせず、我が意を得たりと王の言葉を是として酒杯を掲げ唱和した。
「何とも話の分かるお方ですな、感服いたしましたぞ!」
「あ、あの、わたくし、ウェールズ様に……」
「おい貴様、儂が侯爵だからと遠慮などするな!
 おお、去年入隊した新兵か、ならばたんと食え」
「そうだぞ。食って体を作らねば、空軍では身が持たぬ」
 ジェームズ王と老貴族の数人の為に椅子こそ用意されていたが、乾杯の後は人々が混じり合っていた。
 いかにも亡国最後の宴らしいとも、苦境の中で人の和が結ばれたとも見えるが、リシャールは感傷故にこのような提案を行ったのではない。
 帰国時、貴婦人ら非戦闘員と命令を受けた一部将兵は、セルフィーユで預かることが決定していた。その後国が再建されるまでは、ジェームズ王と会話をした記憶が彼らの心の支えとなろうと期待してのことである。
 王の一言は、それほどの影響力を持つ。……リシャールにはまだ自覚が足りていなかったものの、その効力については幾らか肌で知っていた。それが数十年を王として過ごしたジェームズ一世の言葉なら尚更だ。
「リシャール」
「ウェールズ、僕とはまた後から幾らでも話が出来る。
 今は……」
「ああ。
 だが君の来訪を歓迎する宴で、まったく無視するのもおかしなものだろう?」
「……それもそうだ」
 手酌で自分とウェールズの杯にワインを注ぎ、かちりと合わせる。
「三年だ。
 三年、耐えてくれ。
 恐らくそれ以上は長引かない。……トリステインが保たないからね」
「五年でも、十年でも。
 ……それが必要とあらば」
 ウェールズにも苦悩と葛藤はあるだろうが、この切り替えの早さ……いや、アルビオンに身を捧げた心は変わらないからこそか。
 リシャールとジェームズ王の決断は彼の最後まで戦い抜く気持ちを折り取ったわけではなく、『ニューカッスルが陥落するまで』を『レコン・キスタが倒れてアルビオンを再興するまで』と、少し期限と苦難を引き延ばしただけだ。
「後は手筈通りに」
「うん。
 ラ・ラメー艦長には話を通してある」
 うむと頷いて、ウェールズは酒杯を一気に飲み干した。

 宴は夜遅くまで続けられ、リシャールも人の輪の中に入り込んであれこれと話す機会を得た。
 アルビオン空軍将兵の勇戦振りを称え、不安がるメイドを励まし、老貴族の思い出話に相槌を打つ。
 ウェールズはと見れば、水兵と肩を組んで軍歌などを歌っていた。……いや、よく見ればジェームズ王までが混ざっている。
 その宴も、二つの月が中天を過ぎる頃には幕が下ろされた。
「名残は惜しいが今宵はここまでじゃ。
 何れまた、リシャール王のご訪問がかなうこともあろう。
 その時まで、今宵の思い出は胸に秘めるとしよう。……皆の者、特に朕が段座で躓いたことは内緒であるぞ?」
 冗談めかした中にも、ある種の寂寥感が漂っていたのはリシャールの錯覚ではないだろう。
 ……この城で次に宴が催される機会などいつになるか、誰も答えることなど出来はしないのだ。

 宴の後始末は仕事に戻った従者やメイド達に任せ、リシャールは手筈の方を仕上げるべくニューカッスル城の内奥へと向かった。
 明日の朝には、『ドラゴン・デュ・テーレ』は出航する。全ての手配りは、それまでに済まさねばならなかった。
「パリー卿のご準備は?」
「わたくしめは大丈夫でございます。
 後は陛下にご挨拶申し上げるばかりですから」
 ウェールズの守り役でもあるパリー卿には、彼でなくては出来ない仕事を頼んでいる。老体ながらやはり三年、耐えて貰わなくてはならなかった。
 階段を上がり、人気のない小部屋に、二人して入っていく。
「どうぞ、こちらです」
「『ウィリアムズ』であります、リシャール陛下」
「ご苦労様」
 軍服を着た士官『ウィリアムズ』が、こちらを向いて敬礼した。先ほど集めた若者の内の一人だ。年の頃は二十代半ば、ウェールズと同じ金髪で一番背格好が似ていた。
 各々にはイニシャルWで始まる偽名を名乗れと指示してあり、リシャールも彼らの本名は知らない。聞くことで誰がどの配置にと漏れ出ることの無いよう、配慮した結果だった。
「陛下、こちらを」
「パリー卿、これはどのような魔法具ですか?」
「はい、月にかざすと光が溢れて輝くという、ご婦人好みの宝玉であります」
「では問題ありませんね」
 リシャールは杖を抜き、やはり予め用意してもらった銀のマスクにはめ込んだ。これで何某かの魔力は感じるのに何の変哲もないマスクが完成したわけだが、実は同型のマスクも複数用意してある。この特別な一つは今後ウィリアムズが『イーグル』にて用い、偽ウェールズとして振る舞う際に使われる予定だった。
 何も難しいことはない。対外的にウェールズ『かもしれない』人物が乗艦していると噂になれば、それでいいのだ。『イプスウィッチ』にも同様の影武者が搭乗する予定で、こちらはアイマスクを使うことになっていた。
 両艦はニューカッスル落城後別々に行動し、レコン・キスタを攪乱する。根拠地となる王家の秘密港は複数あったし、生残第一を旨とするように厳命も下っていた。運良く生き残れば、そのままアルビオン奪還の連合軍に加わることも出来よう。
 彼がマスクを懐にしまい込むと、がっちり握手を交わす。
「よろしく頼みます」
「暴れてご覧に入れますよ」
 彼には『イプスウィッチ』にウェールズが乗ると知らされていて、その上で本物らしく振る舞えと命じてあった。

「アルビオン万歳!」
「ジェームズ一世陛下万歳!」
「お父様ー!!」
 偽物を数多く用意することで、疑心暗鬼にさせるのも目的の一つだ。
 翌朝、別れを惜しむ人々に混じり、ジェームズ一世と握手を交わす集団は一種異様な雰囲気を醸し出していた。目深に揃いのフードを被り、顔が分からぬよう首を垂れている。
「……アルビオンの未来を頼むぞ」
 小さく頷いた集団は二手に分かれ、一組は『ドラゴン・デュ・テーレ』に乗り込み、もう一組は城の内奥へと戻っていった。
「タラップ外せ!」
「もやいを解け!」
 リシャールも、ジェームズ一世とその隣で手を振る『ウェールズ』に、精一杯手を振り返す。
 甲板では暇を出された若手の侍女従者、略取されることを恐れ父親に生きよと命ぜられた貴族の娘、最後の任務を押しつけられた士官候補生らが涙ながらに手を振っている。
 ジェームズ王はこれが最後の機会ぞと、『ドラゴン・デュ・テーレ』の出航前、自らの意を枉げて全員に暇を言い渡し、脱出を奨めていた。乗り切れないようなら『イプスウィッチ』を使えとまで口にしていたのに、王に従った者はいなかった。
 老貴族達は何を今更とへの字口で敬愛する国王に文句を垂れ、その妻達は夫と共にありたいと願った。中堅どころの水兵や士官達は、仰ぐ旗を変えろと言われれば叛乱すると宣誓した。口下手な者は、見張りを交替してくると尖塔に登っていった。……逃げられる機会はロンディニウムでもスカボローでもあったのだから、アルビオン王家への忠誠心が一番濃い者たちばかり、残るべくして残ったと言えようか。
 結局、セルフィーユが預かった脱出者はジェームズ王の大喝で半強制的に搭乗させれた三十歳未満の者だけで、わずか五十名足らず。説得は失敗していた。
 代わりに御物の類は財貨と共に山と積み込まれており、そちらはパリー卿が指揮を執って整理している。内密に……と言うには量も多かったが、一部は姪アンリエッタへの少し早い形見分けとされていた。
「さて、仕事に戻ります」
「……よろしいので?」
「仕事が増えましたからね」
 リシャールは略冠を外して後をラ・ラメーに任せると杖先に明かりを灯し、大陸の下は風が冷たくなるから中に入るようにと乗客を促した。

 王都の駐屯地にテロ紛いの攻撃を仕掛けたり、『イーグル』も航路の混乱に出されたりしていたから、幸いにして、レコン・キスタのニューカッスル包囲網はそれほど濃密ではない。
 帰路は半日ほど大陸の真下を南下、包囲網をやりすごして夜になってから大きく東へ転進、直接セルフィーユへ帰る算段と聞いていた。
「ジュリアン、士官室の方は頼んだよ」
「はい、候補生!」
 食事の量が五割ほど増えることになったから、厨房もそれだけ忙しい。同乗者への配膳はニューカッスルから乗せた侍女従者が快く引き受けてくれたが、全て任せるのもセルフィーユ空海軍の名折れである。
「掌帆員十四名、昼食を願います!」
「了解!」
 寸胴鍋から汁物をよそうリシャールの隣では、つるっとした禿頭に立派な体躯の水兵が、慣れない手つきで塩漬け肉を刻んでいた。流石に忙しくなるからと、一人増やしたのだ。
「『アンソン』、そっちが終わったらタマネギもお願い。
 さっきと一緒でそこの手桶に一杯分だから」
「了解であります」
 アンソンと呼ばれた年齢不詳の水兵は、まじめな顔で頷いた。




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