住 吉 駕 篭 -------------------------------------------------- 【主な登場人物】  駕篭屋A(ベテラン)  駕篭屋B(新入り)  住吉っさん参詣帰りの酔客(堺の住人)  堂島の相場師A  堂島の相場師B  通りがかりの親子連れ  茶店の親父  通行人男  通行人女(通行人男の女房)  お武家さん  おそで(三文字屋仲居・昔磯屋裏の住人で河内の狭山の治右衛門さんの孫) 【事の成り行き】  駕籠といぅのは大きく分けて二種類あったそぉです。 ひとつは町で帳場を構えて、お得意の客なんかがあったりして商売をしてる駕籠屋。 もぉ一つは街道筋で客待ちをしてる駕籠屋。  こちらは曲者(くせもん)でございまして、いわゆる雲助と申しまして見るからに人相・柄の悪そぉな奴が、夏ならフンドシ一丁で客待ちをしてよかといぅよぉな駕籠です。  何で雲助かといぅと、いま東海道で担いでるかと思うと、翌日は鈴鹿峠で荷持ちをしてる。 次の日は大井川で川越人足をやってるといぅ、風のまにまに流れる雲のよぉやといぅところから雲助。 また、街道で網を張って待ち構えてるところから雲助。色んなことが言われております。  こぉいぅ駕籠にうかつに乗るとえらい目に遭ぉたそぉです。 言ぅてるとこと全然違うとこへ運んで行かれて身ぐるみ剥がれる。 酒手をゆすられる、女の人に悪さをする、なんてことがあったんやそぉでございます。  大阪の住吉っさんの前、住吉街道は大都会大阪と堺を結ぶ街道でございますんで、 大人しぃ駕籠屋さんが多かったそぉでございますが、駕籠は親方から借りて商売してるもんですから、お客が無いとゼロやないんです、マイナスになる。 あぶれてはかないませんから必死になって客を呼んでおります。              * * * * * ■へぇ〜駕籠。へぇ〜駕籠……。駕籠やりまひょか、へぇ〜駕籠……。もし、お供しまひょか。へぇ〜駕籠……。お女中、駕籠はどんなもんだ。へぇ〜駕籠……。おい ●え? ■「え?」やあらへんがな。お前と俺と二人で駕籠担いでんねやないか、俺にばっかり呼ばさんとお前も呼んだらどやねん。 ●そやなぁ ■「そやなぁ」やあれへんがな。わしちょっとションベンしてくるさかい、しっかり客呼ばなあかんで ●早よ帰ってきてや……。へぇ駕籠。へぇ駕籠。駕籠はどんなもんだ。へぇ駕籠。もし、旦那。も〜し、旦那。 ★何や? ●へぇ駕籠 ★ん? ●へぇ駕籠 ★ほぉ……、ほな後ろに回り ●えっ? ★後ろに回れっちゅうねん「屁ぇ嗅ご」ちゅうねんやろ? ちょ〜ど出るさかい嗅がしたるがな ●誰が屁ぇ嗅ご言ぅてまんねん ★いま「屁ぇ嗅ご」言ぅてたやないか ●ちゃいまんがな「駕籠はどんなもんでおます」ちゅうてまんねん。 ★どんなもん? 担いでて分からんか? お前の目の前にあるもんやがな。真ん中に棒が一本通ってて…… ●ちゃいまんがな「駕籠に乗ったっとぉくなはれ」言ぅてまんねん ★乗る手間で歩いたほぉが早い ●「乗る手間で歩いたほぉが早い」皆そぉ言ぃはりまんねん。頼んますわ、人間二人助ける思て。朝からあぶれてまんねん、乗ったっとぉくなはれな。 ★そぉか、そないまで言われたら乗らんわけにいかんなぁ。よっしゃ乗ったろ ●さ、どぉぞこれへ……。どちらまでやらしてもらいまひょ? ★どこなと好いたとこやりぃな ●好いたとこ? ★「乗ったら助かる」ちゅうさかい人助けやと思て乗ったったんや、どこなとやらんかいな。 ●当てもなしに担がれしまへんがな。ほなこぉさしてもらいまひょか、お宅まで送らしてもらいまひょか? ★そないしてもろたら助かるわ ●へ、お宅どちらです? ★そこの茶店や ●茶店で一服? ★一服やあれへん。あら、わしの家(うち)やがな。 ●あの茶店やったら、乗る手間で歩いたほぉが早い ★せやさかい歩いたほぉが早いちゅうてんねん。それを乗ってくれちゅうさかい乗ったったんや。やらんかい ●堪忍しとくなはれな、こっからそこの茶店まで。アホらしぃて担げますかいな。 ★アホらしぃ? こら、もっぺんぬかしてみぃ。われの顔の真ん中に二ぁつ並んで光ってるのん何や……? 目ぇでおますやと、それ目ぇか。わしゃ眉毛が落ちんよぉに止めたぁる鋲かと思たわ。見えん目ぇならくり抜いて陰干しにしとけ、煙草入れの緒締めになとなるわい ●………… ★おのれ、ここで客引ぃてけつかったら、日に二へんや三べん、わしとこの店に煙草吸ぅさかい火ぃ貸せの、弁当つかうさかい茶ぁくれのと失せさらさんことあろまい ●………… ★だいたい家へ来る客はあんまり銭ぎょ〜さん持ってるやつ来ぇへんわい。住吉っさんお参りした帰りにちょっと腰降ろして、茶ぁ飲んで餅つまむか、ニシンかじって茶碗酒呑んで、つり銭の端(はした)銭でも置いていこかちゅう気の利ぃたやつ居らんわい。そんな細かしぃ客つかまえて「へぇ駕籠へぇ駕籠」屁ぇで死んだ亡者みたいなこと言ぃやがって、誰も嫌がって寄り付けへんわい。 ★誰のお陰で、ここで商売できると思てけつかんねん。ボ〜ッとしてたら、いっぺんそのド頭(どたま)ニュ〜ッと胴にめり込まして、へその穴から世間覗かしたろか。頭と足と糞結びに結んで、口からケツの穴に青竹通して裏表こんがり火ぃであぶって、人間の焼きもんこしらえたろか。まごまごしてけつかったら踏み殺すぞ。 ●お、おい相棒、ちょっと来てくれ。えらいオッサン乗してしもた ■そこどけ、アホ……。親っさん、えらい相すまんこって。こいつ、昨日この街道へ降って来よりまして、まだ親方の顔存知まへんのんで。えらい失(ひつ)礼を ★われの相棒か? 頼んないド素人が商売してけつかんねんなぁ。今日はわれの顔に免じて堪忍しといたるけども、これからこんなことがあったらここで商売ささんで……。この顔よぉ覚えとけ! ざま見され、カスめが! ●わぁ〜、恐わぁ〜。えらい親っさんやなぁ ■茶店の親父に駕籠勧めてどぉすんねん ●そぉかて、わい知らんがな ■知らんちゅうたかて、格好(かっこ)見たら分かるやろ。駕籠に乗るちゅう格好か……、前垂れぶら下げて、高下 駄はいて手に塵取り持ってるやないか。どこぞの世界に五目ほって駕籠乗って去(い)ぬやつあるかい。 ●うっかり ■うっかり過ぎるがな ●しっかし、えげつない言ぃよぉやったで「どたまを胴体にめり込まして、へその穴から世間覗かす」やて。へその穴 から覗いたら何が見えんねやろ? 頭と足と糞結びに結んで、口からケツの穴まで青竹通して、こんがり火にあぶる……、まぁ、ケツの穴から口よりましかいなぁ ■しょ〜もないこと言ぅてんと験(げん)直しや、駕籠の向き変えとけ。 ◆おい、駕籠屋 ■へぇ ◆板屋橋まで何ぼで行く? ■そぉでんなぁ、板屋橋まで「御手(おんて)」でやってもらえまへんやろか ◆御手はちょっと高いなぁ「鬼手」にしとき ■鬼手? 相棒「鬼手」ちゅう符丁知ってるか? 長年駕籠屋やってますけど、鬼手てなこと聞ぃたことおません。何ぼのことでんねん? ◆お前の言ぅてる「御手」ちゅうのは何ぼのこっちゃ? ■分からんと値切ってなはんのか? けったいな人やなぁ……、御手ちゅうたら手ぇでんねや。指が五本おますよって五百でお願いします、ちゅうてまんねん ◆せやから、そこを鬼手にしとき ■鬼手ちゅうたら? ◆鬼の手は指が三本や。三百に負けときちゅうねん。 ■えらいオモロまんなぁ、けど鬼手はちょっと殺生ょだっせ。もぉ一声 ◆ほな「鳥足」といこか ■何でんねん、鳥足て? ◆鳥に手は無いさかい鳥足やがな。鳥の足も指が三本やけども、裏に蹴爪(けづめ)が付いたぁるさかいなぁ、三百と十二文 ■そんな汚い値切りよぉしなはんな、ポ〜ンともぉ一声。 ◆ほな「熊手」と言ぃたいが、あら指は四本やけど先が曲がってるだけに勘定がしにくいわなぁ……。奉行所に捕手(とりて)があってお城に大手、御茶屋に遣手(やりて)、箪笥に引手、旦さん乗って、そらもぉ置いといて。 ■……、何やあれ「て」尽くしでなぶっていきやがんねん、馬鹿にしやがってからに ▲駕籠屋はん ■へいッ ▲板屋橋まで何ぼで行とくなはる? ■そぉでんなぁ、お女中のことでっさかい安ぅねごときます。すんまへんけど「闇」だけやってもらいまっしゃろかなぁ。 ▲まぁ「闇」高いわぁ。そこ「月夜」にしときなはれ ■……? 何でこんな客ばっかり来るねん。闇ちゅうたら「三十日(みそか)」かたどって、三百でお願いします。ちゅうてまんねん。月夜……、分かった「十五夜」かたどって百五十言ぃなはる。そら殺生 ▲違うねやわ「月夜に釜抜く」ちゅうさかいに、釜抜かれたと思て「ただ」で行きなはれ。 ■なぶってたら承知せんで…… ▲おぉ恐やのぉ。こちの人待っとぉくなはれ一緒に行きまひょいなぁ ■手尽くしの嬶(かか)やがな、夫婦(みょ〜と)でなぶっていきやがんねん。ホンマにワヤにしやがて……。もぉいっぺん駕籠の向き変えとけ。 ★駕籠屋ぁ〜! 駕籠屋ぁ〜、駕籠人(かごんど)、棒の者、駕籠屋 ■へぇ、何だんねん ★お駕籠が二丁じゃ ■ほぉ、ありがとぉございます。おい相棒、もぉ一丁、秀とこ行って言ぅたれ、早よ走って行け ★前なる駕籠がお姫様、あとなる駕籠が乳母(おんば)殿じゃ ■へっ。 ★それから、両掛けが二丁じゃ ■さ、さよか。オ〜イ分持ちや。留とこ言ぅたってくれ。早よ走って行け ★お供回りが四、五人付き添ぉてのぉ ■へぇ? ★左様なる駕籠はこの所をお通りにはならなんだか? ■根っから存じまへんが……。お〜〜い、戻っといで、戻っといでぇ〜。 ★そぉか、しからば未だお通りにならぬとみえる。身供あれなる茶店に安らいおるゆえ、お通りがあらば知らしくれるよぉ頼んだぞ ■へぇへぇ……、誰が番してるかいアホらしぃ。ややこしぃ尋んねよぉしやがって、お駕籠が二丁、両掛けが二丁、てっきり商売やと思うがな……。もぉいっぺん駕籠の向き変えとけ。 ▲ちゃ、ちゃ〜んちゃ〜ん、ちゃ〜〜ん……♪ 姉とぉ妹とぉに、年問ぉてみたぁら……♪ 姉ぇわぁ姉だけぇ、年が上ぇ ■けったいな唄うとて来たで、相手になりなや相手に。もの言ぅたらあかんで、目ぇ合わしたらあかんで。 ●へぇ駕籠 ■言ぃなっちゅうのに ▲な、何や駕籠屋? ■ほらみぃ、聞こえたがな……、何にも言ぅてしまへん、どぉぞお通り ▲と、通ってたんや。通ってたらお前のほぉからもの言ぅてきたんと違うか ■ほれみてみぃ、向こぉに理屈があるがな……「えぇご機嫌だんなぁ」言ぅただけでんねん。 ▲「えぇご機嫌だんなぁ」? お前なにか、わいがえぇ機嫌で呑んでるか、悪い機嫌で呑んでるか知ってるのんか? ■そら知りまへんけど…… ▲知らなんだらいらんこと言ぅな。もし、わいがオモロないことがあって、ヤケ酒呑んでるとしたらやで「えぇご機嫌だんなぁ」てなこと言われたらムカッとくるで。せやろ ■………… ▲お前なにか、わいの気ぃ悪さして喧嘩しょ〜ちゅうのん? ■そんなつもりやおまへんねん。堪忍しとくなはれ、えらいすんまへん ▲嘘や嘘や、駕籠屋正直もんやなぁ。わいえぇ機嫌で呑んでんねん堪忍して。すまん ■堪忍するのせんのて、アホらしぃ。 ▲何がアホらしぃ? 堪忍でけんちゅうねやな ■難儀やなぁ……、堪忍します ▲堪忍してくれるか? ■堪忍します ▲き〜っと堪忍してくれるか? ■へぇ、きっと堪忍します ▲よぉ堪忍してくれた。すまん、よぉ堪忍してくれた……。せやけど、わい何か堪忍してもらわんならんよぉなことしたか? ■あかんがな、どぉぞひとつなぶらんよぉにお頼の申します ▲嘘や嘘や、しかし何やなぁ、わ、わしちょっと酔ぉてるなぁ ■ちょっと酔ぉたはりまんなぁ ▲こ、こないに酔うつもりや無かったんや。あ、朝目ぇ覚ますと天気がえぇ、いっぺん住吉っさんへでもお参りしょ〜か。ご参詣済まして出てきたら、後ろから「もぉし、旦さん」ちゅうねん。 ▲フッと見たらおそでや。知ってるやろ? ■知りまへん ▲前、磯屋裏に住んでた、顔にパラパラッとそばかすのある…… ■いや、知りまへん ▲知らんかなぁ? これ言ぅたら分かる。河内の狭山の治右衛門さんの孫 ■知りまへんがな、わたい。 ▲な、難儀やなぁ ■こっちが難儀やがな ▲「ちぃ〜っと見ん間に別嬪になったなぁ、えぇのんが出来てるねんやろ?」「アホらしぃ、そんなんが居てたら苦労しますかいな。ここで働いてまんねん、上がっとぉくなはれ」三文字屋へ上がって、床柱背えぇにデェ〜ンと座って「酒持ってこい」ちゅうやっちゃ。 ▲ご馳走(ごっつぉ)ぎょ〜さん並べて、銚子十八本呑んだで。余った肴みな竹の皮へ包まして……、言ぅといたるけどなぁ、呑みに行ったときに見栄張って残してくるのはいらんこっちゃ。みんな持って帰ったら向こぉも喜ぶ「何ぼや?」ちゅうたら勘定が、ポチも入れて二分一朱や。安っすいなぁ……。駕籠屋、嘘やと思てるな? ■いえぇ、思てしまへん ▲思てる。思てるやろ「あの酔いたんぼ、二分一朱もよぉ使うかい」と思てる……。何かしてけつかんねん、嘘や無い証拠を見したる……、ほれ、三文字屋の料理や。えびの鬼瓦焼き、卵のまき焼き、イカの鹿の子焼き、焼き焼き焼き。一つやろ、食え。 ■結構で ▲一つ、つまみ ■結構です、そんな薄汚いもん ▲何ぃ〜、薄汚い?お前らそんな了見やさかい、いつまで経ってもこんなとこで風くろて「へぇ駕籠」ぬかしてんならんのじゃ、どアホ。誰がやるか馬鹿もん。おい、ちょっと包め。 ■せやさかい、相手になりなちゅうてんねん。こんなことまでやらされて……ほな、懐入れときまっさかい ▲おっきありがと。しかし何やなぁ、わいちょっと酔ぉてるなぁ ■だいぶ回ったはりますなぁ ▲こぉ酔うつもりや無かったんや……。朝目ぇ覚ますと天気がえぇ、いっぺん住吉っさんへでもお参りしょ〜か。ご参詣済まして出てきたら、後ろから「もぉし、旦さん」ちゅうねん。 ▲フッと見たらおそでや。知ってるやろ? ■知りまへん ▲前、磯屋裏に住んでた、顔にパラパラッとそばかすのある…… ■いや、知りまへん ▲知らんかなぁ? これ言ぅたら分かる。河内の狭山の治右衛門さんの孫 ■せやから知りまへんがな、わたい。 ▲知らんかなぁ? 「ちぃ〜っと見ん間に別嬪になったなぁ?」「ここで働いてまんねん、上がっとぉくなはれ」三文字屋へ上がって「酒持ってこい」ちゅうやっちゃ。ご馳走ぎょ〜さん並べて、銚子十八本。余った肴みな竹の皮へ包まして「何ぼや?」ちゅうたら、ポチも入れて二分一朱や。安っすいなぁ……。駕籠屋、嘘やと思てるな? ■いえぇ、思てしまへんて ▲嘘や無い証拠を見したる。えびの鬼瓦焼き、卵のまき焼き、イカの鹿の子焼き、焼き焼き焼き……、一つやろ、食え。何ぃいらん? 誰がやるか馬鹿……。包め ■恨むでぇ……、懐入れときまっせ。 ▲はばかりさん。フゥ〜〜ッ、わいちょっと酔ぉてるなぁ ■よっぽど回ったはります ▲こぉ酔うつもりや無かったんや……。朝目ぇ覚ますと天気がえぇ、いっぺん住吉っさんへでもお参りしょ〜か。ご参詣済まして出てきたら、後ろから「もぉし、旦さん」ちゅうねん。 ▲フッと見たらおそでや。知ってるやろ? ■知ってまっせ。今度はよぉ知ってまっせ「前、磯屋裏に住んでた、顔にパラパラッとそばかすのある、河内の狭山の治右衛門さんの孫」でっしゃろ ▲よぉ知ってるんやないか ■「ちぃ〜と見ん間に別嬪になったなぁ?」「ここで働いてまんねん、上がっとくなはれ」三文字屋へ上がんなはって、ご馳走ぎょ〜さん並べて、銚子十八本呑んで。余った肴みな竹の皮へ包まして「何ぼや?」ちゅうたら、ポチも入れて二分一朱や。安すおまんがな。嘘で無い証拠に竹の皮広げて、えびの鬼瓦焼き、卵のまき焼き、イカの鹿の子焼き、焼き焼き焼き……、包みなおして懐入れて。ほかにまだ何ぞおましたかいなぁ? ▲……、わし、言ぅことあらへんがな ■無かったら早よ帰えんなはれ、お上さん待ってはりまっせ ▲えらいこと聞ぃた、嬶(かか)待っとぉるんや……。あいつは貞女やぞ、あんなよぉでけた嫁はんは、まぁ無いなぁ。あいつとのそも馴れ初めは…… ■そんなもん聞ぃてられしまへんで。 ▲まぁ、そぉ言わんと……、わい、毎晩呑んで帰るねん。先寝ぇよちゅうてるのに、寝よらんなぁ。針仕事しながら待っとぉる。今ごろはあの人どないしてはんねんやろ、今ごろは……、今ごろわ、半七っさん♪ どこにどぉして、ござろぉぞ……。わしと住大夫とどっちが上手い? ■そんなん分かりまへんわ。 ▲愛想の無い駕籠屋やなぁ、たとえ知らいでもや「へぇ、あんさんのほぉがお上手です」と言ぅてみぃな、駕籠屋のべんちゃらには負けた今日はシュッと帰ろか。いのと思てたんや。お前がいねんよぉに、いねんよぉに ■難儀やなぁ、褒めたらよろしぃんか褒めたら……、ほな、あんさんのほぉがお上手ですわ。 ▲わいのほぉが上手い ■へぇ、ずっとずっとお上手です ▲そぉか、一段語ろか ♪いまさらぁ、帰らぬこ……、こ…… ■なんやおかしな具合やで、ちょっと駕籠どけや駕籠……、わ、わ〜〜ッやってもぉた ▲駕籠屋。ここに出したけどな、もぉいらんさかい後は一つよろしく頼む。 ■えげつない酒やなぁ、せやさかい声かけなちゅうてるやろ ●あいつよっぽど酔ぉてるんとちゃうか、南から来てまた南行ってるで ■方角も分かってへんねやなぁ、もしもし、さっきの人 ▲な、なんやまだ何ぞ用事か? ■あんた、南から来てまた南へ行てなはるで ▲何やて? 南から来たら南へは行けんか? ■憎たらしぃやっちゃなぁ……、ちゃいまんがな、大阪はこっちでっせ ▲わいは堺の綾之町の人間や ■ほな、何でこんなとこまで出て来なはった ▲ちょっと悪酔いしたし、どこぞ酔い醒ますとこは無いかいなぁとふと見たら、駕籠屋が出てたんで酔い醒ましにな ■……、はじめからなぶりに来やがってん、何さらすんや。              * * * * * ★駕籠屋 ■へいっ……? いま、誰か呼んだなぁ? ★駕籠屋 ■……? 駕籠はどちらだす? ★駕籠屋はお前やがな ■呼ばはったんはどちらです? ★ここやここや、こっちや ■こっち……? 分からんはずや駕籠の中に乗ってはんねんがな ★声掛けよかと思たんやけど、酔いたんぼがあんまりうるさそぉやったんで、うかつに声掛けてクダがこっち向こたらかなん思て先乗ったんや。気にいらなんだら出るで。 ■いえいえ、出てもろたらどんならん。どちらまで? ★堂島や ■堂島、ジキでやすか。相棒喜べ、堂島の米相場師の旦那やがな。朝からえらい目に遭ぉてましてん、旦那に乗ってもろたらマンが直りました、喜んで行かしてもらいます ★そぉか、ところで何ぼで行く? ■そらお任せしますわ ★任す? そらいかん。応対だけはきっちりしとこ何ぼで行く? ■さよかぁ、ほなえらい済んませんけど、一分やってもらいまっしゃろか ★なぁ……、ものは相談やがそこを二分に負からんか? ■……??いやいや、そやおまへんねん。わたい一分くれちゅうてますねん。 ★せやから、済まんけど二分に負けてくれちゅうねん ■わい起きてるなぁ? ★こないして応対したぁったかて、あとで酒手やとか走り増しやとかゴジャゴジャ付くやろがな、ゴジャゴジャ抜きのポッキリの二分で行ってちゅうねん ■あ、なるほど。さすが苦労人や、へぇ、よぉ分かりました。ほな喜んでやらしてもらいまっさ。 ★そぉと決まったら、二人とも景気の悪そぉな顔してるやないか、天保銭が一枚あるからその辺の酒屋行て、キュッと一杯呑んでその勢いで走って ■さよか、えらいすんまへんなぁ。ちょっとやらしてもらいまっさかい、待ってとくなはれや ★よぉさん呑んだらあかんで、一杯ずつにしときや…… ★近江屋はん、近江屋はん……、出といなはれ。駕籠屋あっち行きましたんでな ▲もぉ大丈夫でっかいなぁ? ★大丈夫、大丈夫。今のうちに二人乗りまひょ。そっち窮屈なけど、ちょっと辛抱しなはれや ▲へぇ、わたいなぁ駕籠へ二人乗ったこと無いもんやさかい……、足はこの辺でよろしおますんかいなぁ。 ▲二人乗った人間、誰もおませんやろなぁ、履きもんなおして……、こぉいぅ具合に垂れ降ろしといたら分かれしまへんさかい。静かに……、戻って来ましたで、静かにな。 ■旦那、えらいご馳走さんでございました。お、ちゃんと垂れまで降ろして履きもんなおってまんねんな ★なおってるで ■ほな、こんなり(このまま)やらしてもろてよろしぃか? ★やって ■ほなやらしてもらいまっさ。相棒えぇか、景気つけて行こ。行くで(イヨッ、ホッ) ●ホヘ…… ■何をしてんねんな、一杯や二杯の酒で。もっと腰切れ。行くで(イヨッ、ホッ) ●ホヘヘ…… ■何年駕籠担いでんねや、肩のまぁ下へケツを持ってこんかい。えぇか、行くで(イヨッ、ホッ)どっこいしょ ●お、お、重たいなぁ……、あの人やせた人やったで、どないなったぁるんや。 (ハイ、ホエ、ハイ、ホエ、ハイ、ハイ、ホエ……) ★歩き出した、歩き出した……、しかし、今度はオモロおましたなぁ ▲面白おましたなぁ。あんなとこであんさんと会うとは思わなんだ ★さぁ、祇園町でばったり出会ぉて一座して、あっち寄ったりこっち寄ったり。伏見から八軒家まで三十石の船の中もズ〜ッと呑み続けで、大阪へ帰ってからはキタからミナミ。とぉとぉ住吉まで足延ばしてしもて…… ▲わたいねぇ、ここしばらくこんな呑んで笑ろてしゃべったことおまへんわ ★さぁ「この調子で何とかゴジャゴジャしゃべりもって堂島までいねまへんか」てなこと言ぅさかいに……、どぉです、わたいの考え。これやったらしゃべりもって堂島までいねまっせ。 ▲わたいもね、駕籠へ二人乗るてなこと孫子の代までの語り草ですわ ★大きな声出しなはんなや…… ■おい、相棒ちょっと待て。なんやおかしな具合やで。ボシャボシャしゃべり声聞こえるで……、お前も聞こえる? いっぺん降ろせ。済んまへん、旦那。ちょっと覗かしてもらいまっせ……、やっぱり二ぁりやがな、何をしなはんねんな ★わッ、バレタか ■「バレタか」やおまへんで。殺生だっせ。 ★お前、駕籠賃何ぼくれ言ぅたんや? ■はじめ一分くれ言ぃましたがな ★そこ、二分出すやないか ■そら一人のつもりやがな、殺生や ★趣向で一緒にいにたいんやがな、向こぉへ着いたらあんじょ〜したろやないか、こんなりやれ。 ■どぉする相棒、向こぉへ着いたらあんじょ〜したる言ぅたはんねん……、ほな、その「あんじょ〜」いぅのん楽しみに行きまっさかい、頼のんまっせ。あの駕籠屋、欲張って二人も乗せてるてなことになったら格好悪いさかい、垂れ降ろしといとくなはれや。行くで、えぇか……、イヨッ、ウッ。二人と分かったらよけ重たい。 (ハイ、ホエ、ハイ、ホエ、ハイ、ハイ、ホエ……) ★バレてしもたら垂れみたいなもん鬱陶ぉしぃ、はねときましょか……、見てみなはれ向こぉ通る人ビックリしてまっせ。さぁ、これで堂島までゆっくりしゃべりながらいねますわいな。ところで今度あんたに会うのは? ▲相撲ですがな ★そぉそぉ、もぉじき相撲でんなぁ。また喧嘩やがな。ほかのことは馬が合うけど相撲だけは合わん。といぅのが、あんたあんな小さい相撲ばっかり贔屓にしなはるさかい…… ▲そら相撲は手取りが面白い ★そんなことあるかいな、見た目も立派な錦絵みたいなほぉが連れてても格好よろしぃがな ▲何を言ぅてなさる、大きぃもんが勝つと決まってたら誰が見まっかいな。小さいやつが手取りで大きぃのんをゴロッとひっくり返すところに相撲の面白味といぅのがおまんねがな。 ▲わたいの今贔屓にしてるヒヨドシなんか、体(から)は小さいけど右手の指が二本、前褌(まえみつ)へちょいっと掛かってみなはれ……、どんなことがあっても離しゃしませんで ★そらよろしぃけど、人の帯引っ張ったらどんならんがな。何をしなはんねん? 話だけにしときなはらんか、引っ張ったらいかん……、い、痛い。 ★や、やる気ぃか? 離しなはれっちゅうねん ▲取ったら離さんぞ ★こ、このガキャ……、こんな小さなやつが下から来たって上からこぉ乗ったら、いっぺんに潰れてしまう ▲何の……、潰れるかい。顎の下へ頭もって行って、押し上げる…… ■あ、あかんでぇ……、駕籠の中で暴れたら。相撲取ったらいかんちゅうねん。わ、わ、わ〜〜〜ッ ●相棒、軽なったなぁ ■軽なるわい、後ろ見てみぃ後ろ。見事に底抜きやがったがな。降ろせ降ろせ……、旦那、殺生だっせ。 ★わ、わ、わやや ■わやや、やおまへんで。どなしなはんねん? ★えぇがな駕籠の一つや二つ、償(まど)たるやないか ■まぞてくれまっしゃろけど、まだ堂島まで半分も来てしまへんねんで。とにかくいっぺん降りとくなはれ。 ★何? ■いっぺん降りとくなはれな ★こら、向こぉ先見てもの言え。わしら二人は堂島の相場師でもなぁ、強気も強気カンカンの強気で通ってる二人やぞ。いっぺん乗った相場、途中で降りたことなんかいっぺんも無いねん。一旦乗った駕籠、中途で降りる。そんな験の悪いことが出来るかい。 ■出来るも出来んも、底が抜けてまんねんで、しょ〜まへんがな ★こんなりやれ ■こんなりやれて、鳥みたいに止まって行きなはるんか? やりよぉがおまへんがな ★……、わしら、中で歩こやないか ■ほぉ〜、中で歩いても、途中で降りるんは嫌でやすか? 片意地なもんやなぁ、ホンマにこのままやらしてもろてもよろしぃんか? ★早よやれ。 ■ほな、こんなりやらしてもらいますわ。相棒、行くで。イヨッ ●ハイッ、軽ぁ〜るいなぁ ■ハイッ ●ホイッ ■ハイッ ●ホイッ ■ハイッ ●ホイッ…… ★ちょ、ちょっと近江屋はん、後ろから押したらいかん ▲いえね、わたいも駕籠に後ろから突っ掛けられてまんねん。チョコチョコ走りで歩かなしゃ〜ない ★顔が痛いさかい、押しなはんな ■こんな軽い駕籠、生まれてはじめてやなぁ。旦那、走らしてもらいまっせ ★これ、あかんあかん、何をすんねんな…… ◆お父っつぁん、お父っつぁん ●何や? ◆駕籠いぅたら、何人で担ぐねん? ●前と後ろと一人ずつ、二人やないか ◆ほな、足何本ある? ●人間二人やったら、足は四本に決まったぁるがな ◆向こぉ行く駕籠、足八本あるで ●そんなおかしな……、おっ、息子よ、よぉ見とけ、 【さげ】 ●あれがホンマの、蜘蛛駕篭やがな。 【プロパティ】  住吉っさん=住吉神社:大阪市住吉区にある神社。底筒男命(そこつつの    おのみこと)、中筒男命、表筒男命、神功皇后をまつる。現在では住    吉大社と改称している。  緒締め=袋物の緒を束ねて通し口を締めるための穴のあいた玉。緒止め。  験(げん)=ゲンがえぇ、ゲンが悪いなど、兆しの意味に用いられる。  板屋橋=長堀にかかっていた橋。板屋橋筋は堺筋から2つ東の筋、住友の    浜と言われるのはこの辺り。  五百文=通過単位は1両=4千文、1両が4万円として5千円。  月夜に釜抜く=いろは歌留多「つ」:月夜の明るい晩でも、油断をすると    釜を盗まれるから油断は禁物。  両掛け=江戸時代の旅行用の行李の一種。挟箱(はさみばこ)や小形のつづ    らを天秤棒の両はしにつけて担うもの。  分(ぶん)持ち=両掛けのことか?  三文字屋=現在の東粉浜3丁目、住吉警察署のあたりにあった御茶屋。攝    津名所図絵や東海道中膝栗毛にも掲載されている。三文字屋のほか、    伊丹屋、昆布屋、丸屋、紫屋などが並んでいた。  ポチ=芸妓や茶屋女などに与える祝儀。はな。チップ。  二分一朱=通過単位は1両=4分=16朱。1両が4万として22,500円。  住大夫=竹本住大夫。現在の住大夫は七世。  堺の綾之町=庖丁鍛冶でおなじみ大道九間町(くけんのちょう)の少し北。  ジキ=直:堂島の米相場の店の主人。直(じか)に取引のできる者の意。  マン=運、巡り合わせ、拍子。間に「ん」がついたもの。  酒手=人夫・車夫・職人などに、約束した賃金以外に与える心づけの金銭。    チップ。さかだい。さかしろ。  二分=1両が4万円として2万円。  天保銭=楕円形をした大型の穴あき銅銭。表面に「天保通宝」裏面に「當    (当)百」という文字と花押が刻印してあり銭百文と等価とされたが、    一文銭4〜5枚を使い密鋳されたものが多く出回ったことから、実際    には百文以下で取引された。それで、少し足らない人間を「天保銭」    とからかったという。1両=4千文、1両が4万円として千円。  まどう=つぐなう、うめあわせずる、弁償する。   ◆江戸落語相当:蜘蛛駕篭