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・「月の綺麗な夜の出来事」(東方) 登場人物
穴があったので入ってみて、そして、後悔した。 体がだるい。 あれ? オレってば、どうしたんだっけ? たしか、なんか、ぽっかりと開いた穴があって、そこに、何か、そう、何かを見つけたから、入ってみて、それから、どうしたんだっけ? 記憶に無い。 記憶が無い。 「………か?」 音がする。 いや、これは、声か。 誰の声だろう? 訊いたことがない声だ。 「……ぶか?」 酷く体が揺れる。 そこでやっと身体を揺さぶられていることに気が付いた。 誰だろう? オレを、起こしてくれるのは? 「大丈夫か?」 ああ、誰が、こんなオレを心配してくれているのだろう? うっすらと、オレは、目を、開けた。 其処には、壮大な幻想があった。 月夜。ああ、あれは、満月か? その幻想を背に、オレを心配そうに見つめている女性がいた。 ああ、誰だろう? この、綺麗な人は。 だけど、何だろう? 何か、違和感を感じた。 あれ? この人……。 「気付いたか?」 心配そうにオレを見てくれている。 何でオレは倒れていたのだろう? そんな疑問が過ぎったが、目の前の女性をこれ以上心配させるのもあれなので、オレは、勢いよく立ち上がった。 それが良くなかった。 急な動作だったので立ち眩み、そのまま再び倒れてしまった。 運が悪いことに、その拍子に強かに頭を打ってしまったらしく、オレは、再び気絶した。 「お、おい! 大丈夫か?」 まだオレを心配してくれている。 ああ、なんて優しい女性なのだろう。 薄れ行く意識の中、オレは、その女性の頭部に角のようなものを見たような気がした―― そしてオレは、目が覚めた。 何処だろう? 室内で、畳で、布団で、なんか、囲炉裏がある。それで家の中だと解ったが、現代的な家ではなく、酷く昔ながらの家だったので、ここは本気で何処だろうと心配になった。 「……っつ」 まだ頭が痛むようだ。やばいところをぶつけたのかもしれない。 まぁいい。この程度の痛みなら大丈夫だろう。 痛まないように、静かに立ち上がり、此処が何処かを把握するために、オレは、引き戸を開いて外へ出た。オレの靴はちゃんとあったので、それを履いて。 眩い朝日が、オレを貫いた。 その中心に、一人の女性が、桶を提げて立っていた。 「……////」 はずかしいが、その、見惚れてしまった。 なんて、綺麗な人なんだろう……。 「ああ、気が付いたか少年。調子はどうだ?」 昨日見た女性だった。角は、無い。やっぱりあれは見間違いか。 「助けてくれて、ありがとうございます」 一体オレはどんな災悪に見舞われたのかは見当も付かないが、兎に角、助けてくれたこと自体には変わりは無いので素直に礼を告げた。 「いやなに、例には及ばないよ。困ったときは助け合うものだ」 今の時代に、なんて礼儀正しく、道徳的な人だろうと思った。都会と違い、ここは見るからに田舎だ。さっきまでオレがいた街とは違い、ここは長閑で閑散とした田舎だ。田舎の人の方が人徳と言うものを大事にするのだろう。 「それで、君はどうしてあんなところで倒れていたんだ?」 「え?」 「いや、見たところ村の人間ではないのだろう? 村の人間とは大抵顔見知りなのでね。君がどこか他所から来た人間だと言うことは解るが、何故、こんなところに?」 「え? ……あ。いや、その……」 そんなの、オレが教えて欲しいくらいだった。 そうだ。どうしてオレは、こんなところにいる? 穴に入った。何で? どうして? 何か、見つけたからだ。 そう、穴の中に何かを見つけたんだ。だけど、だけど―― それは一体、何だっけ? 「その、……解らないんだ。どうして、ここにいるのか。……そもそも、此処は何処なんだ?」 「ふむ、どうやら境界を越えて迷い込んできた類らしいな。あの巫女やスキマを今度問い詰めてやるとして、此処が何処か、という質問だったな」 「え? あ、ああ。そう、だけど」 「ここは、幻想郷。博麗の結界に護られし楽園だ」 「幻、想郷……」 理想郷、桃源郷、そんな言葉が脳裏を過ぎった。 ここは、此処は、オレの居た世界じゃ、ない? 異世界? おいおい、マジかよ。 穴に入って異世界だ何て、なんて、不思議の国だ? どうやって帰れるのだろう? そもそも、帰れるのだろうか? いや、来れたのだから帰れるに決まってる。 そうでなきゃおかしいだろ。 とりあえず、そこら辺に穴が空いてないか探してみた。 …………。 露骨なまでに怪しい穴は無かった。 「? 何をやっている?」 「どうやったら、帰れるんだ?」 「ふむ、そうだな。自分の居場所に帰れないのは悲しいことだからな。よし、では、巫女に結界の穴を空けてもらいに行こう」 その女性についてやってきたのは、神社だった。 こんなに日本的なのに、ここは本当に日本じゃないのだろうか? ひょっとしてこの人はオレを騙してるのではないだろうか? 信州の山の中とか、熊野の山の中とか、そういうオチじゃないのだろうか? いや、その場合でも一瞬にしてそんなところにいるのは不可思議だけど。 どっちにしろ、帰る手立てがあるのなら、どっちでも良いか。 「無理よ」 紅白の衣装の巫女はそう告げた。 「無理? 何故だ? お前の仕事は結界の管理だろう?」 「そうだけど、最近なんかおかしいのよね。何て言うか、結界がその機能を全く発揮していないのよ」 「と、言うと?」 「すり抜けるの」 「は? 何だそれは?」 「外と内の境が曖昧になっていて、簡単に通り抜けられちゃうのよ」 「なら、戻るのはそう難しくはなじゃないか」 「そう簡単なことじゃないの。いいこと、結界が全く機能していないって言ったわよね。結界ってのは、確かに領域を阻むものだけど、逆に言えば、その領域を結びつけるものでもあるの」 「何処と何処を阻むのか、それを先ず決めないといけないというわけか」 「決めないといけない、と言うよりも見つけないといけない、ね。他世界と繋がっていなければ、阻む必要なんて無いのよ。でも実際はそうじゃなく、いろんな世界が近接している。その接点を把握するのも結界の役割なのよ」 「……で、それの何が問題なんだ?」 「解んない? 今の結界じゃあ、何処が何処に繋がっているのか解んないってこと。つまり、望む世界へ行けるとは限らない」 「ふむ、厄介だな。……あのスキマはなんて言っている?」 「紫? 紫も関係無いみたいよ。色々外からモノが堕ちて来る頻度が上がったって喜んではいたけど」 二人が論争しているが、何を言っているのか全く解らない。他世界だとか、結界だとか、なんじゃそりゃ。まるでゲームの世界じゃねぇかよ。 でも、それでも、無知な頭でも唯一解ったことは、とりあえず、オレは帰れないということらしい。 帰れない。それは、酷く、魅力的だった。 ――え? 魅力的? え? 何で? どうして、そう思った? そうじゃないだろ。家族が心配してるだろうし、友達だって心配してるだろうし、それに何よりも、誰よりも、久瑠奈のやつが―― 枕木久瑠奈が……。 どうしたんだっけ? あれ? ちょっと待てよ。何でオレが此処に居るのかは意味不明だが、此処に来るまで、オレは何をしていたっけ? 確か、今日は、朝ごはんにシリアル食べて、ああ、そうだ、日曜だったから遊びに出かけて、それで、久瑠奈にあって、それで、それで――――――― それで―――――――― 「すまない少年。そういうわけで、直ぐには君を帰してやれそうにない」 「……え?」 オレを助けてくれた女性が、本当にすまなさそうな顔をしていた。 「え、えと、そういうわけって?」 「君が此処へ来た道を探す手立てが今のところ無いのだ。今のところだから、ひょっとしたら直ぐに見つかるかもしれないが、まぁ、その、暫くはこの世界で過ごしてくれ」 「え? え? あ、いや、あの、ちょっと。過ごしてくれったって、オレ、何の当てもないですよ? ど、どうすれば……?」 こんなわけの解らない世界で野宿? 冗談じゃない。自慢じゃないが家事系統はからきしなんだぜオレ。……料理だけは、まぁ、人並みに出来るけど。 「そう、だな。なぁ霊夢、何か当てはあるか?」 「あんたが面倒見なさいよ」 「え?」 「あんたが助けたんでしょ。なら、責任もってあんたが世話してあげなさいよ」 「え? あ、え? ちょっと待て霊夢。私はだな、その、あの……」 「アレを見られたくないと、そういうわけ? 意外と可愛いのね貴女って。まぁ、満月まであと一月あるし、それまでに何とかすれば良いんじゃない?」 ……アレってなんだろう? 凄く気になるんですけど。 「に、してもだな、だったら人間の村にでも預ければ……」 「その人間を守るのが貴女の役目でしょ? なら良いじゃない」 「そ、それを言われると、反論できないが……。…………ふぅ、まぁ、そうだな。乗りかかった船と言うやつだ。私が出来うる限りの手助けをしよう。それで良いかな少年」 「…………」 「……少年?」 「え、あ、え、っと、その、結局、オレはどうすんの?」 「帰る手立てが見つかるまで、私と一緒に暮らすことになるが、その、構わないか?」 …………? …………? …………! 「え、あ、いや、その、も、勿論構わないですが! ……その、良いんですか? その、オレ、男ですよ?」 「別に私は気にしないが? 何か問題でもあるのか?」 …………何か、悲しいぞおい。 「問題は、ない、ですけど……」 「なら決まりだな。それじゃ宜しく頼むよ少年」 そう言って、握手を求めてきた。 「よ、宜しくお願いします」 一瞬躊躇して、で、握り返したとき、思い出したようにその女性は口を開いた。 「そういえば、名前は何て言うんだ?」 ……そういえば、お互い自己紹介もまだだった。 こうして、オレこと深影憂は、取り合えず、上白沢慧音と暮らすことになった。 「うし、意外と美味しく出来たかな」 オレが慧音と暮らし始めて、二週間が過ぎていた。その間、オレはこの世界について慧音から色々教えてもらった。曰く、竹林の中にある屋敷には行かない方が良いだの、湖の真ん中に在る紅い屋敷には近づかない方が良いだの、森に住む魔法使いは二人居るが共に馬鹿だの、迷い家の連中は頼りになるんだかならないんだか良く解らないだの、少し足を踏み外すとあの世へ直ぐに行けてしまうだの、良く解らないことであったが、なんか、話している顔は結構楽しそう、っていうか、嬉しそうなので、どの程度信じて良いのか解らないというのが実情だった。 そんな中で、一番理解出来たのがこの世界の食生活だった。っていうか、まんまオレの居た世界と変わるところがない。食材も、調理法も。 なのでオレは、ただ居候するのは気が引けるので食事はオレが作ると申し出た。まぁ、案の定慧音は渋ったが(客にそんなことをさせるのは忍びないとか何とか言って)、結局、交代制と言うか当番制にするという事で落ち着いた。 で、今朝の食事当番はオレの番なのである。合わせ味噌を使った味噌汁と、白米、それに焼き鮭である。この二週間で解ったが、どうやら慧音は和食の方が好みだということだ。かと言って洋食が駄目というわけでもない。この間夕食にハンバーグを作ったがそこそこな評価を得たし、何よりも、残ったハンバーグを次の日の朝食時にパンに挟んで出したらとても驚いてくれた。この世界ではハンバーガーは主流ではないらしい。 まぁ、そんな訳で、和と洋を半々ぐらいで作ることにした。で、今朝は和食。 「お早う」 支度が整う頃に慧音が戻ってきた。朝食当番じゃない方は、朝の仕事は畑の水遣りになっているのである。 「お早うございます。水撒き、ご苦労様です」 「まぁ、これが仕事だからな。でもまぁ、お前が来てから大分楽になったがな」 そんな暢気な会話を交わし、オレ達は食卓についた。 昼下がり、オレは竹林へと足へ踏み入れた。竹林。ここの話をするときだけ、慧音は少し表情が違うのだ。なんというか、少し、深刻そうに、いや、悲しそうに。それが、無性に気になった。 此処での生活にも慣れ、それなりの地理感覚も見についてきた気がするので、今日は思い切って竹林へと来たのである。 まぁ、夕食の買出しのついでに、だけどね。 そして歩くこと数十分。 「…………迷った」 しまった。迷った。困った。どうしよう。 オレはそれほど方向音痴ではないのだが、何だこの竹林は。なんか、変な違和感が、感覚が狂う。 何か、狂う。 まるで何かに見られるような。 まるで何かに狩られるような。 コノヤキツケルヨウナキョウキハ―― この長閑な世界に来て、オレは、初めて、恐怖した。 「この竹林に侵入者が居るということなので来てみれば、なるほど、見たこともない人が居ますね」 背後からの声。 やばい、やられる。 そう思い、とっさに振り返り、精一杯身構えて、そいつを睨みつけた。 「……え?」 気が抜けた。 な、何、あの、うさみみ!? マジ? あれ、ホンモノ? 「な、なんですかその失礼な目は」 「え、あの、……ギャグ?」 「違います!」 力一杯否定された。ってことは、コスプレじゃなくてやっぱりホンモノらしい。 「本物の、うさみみ……」 久瑠奈が着けたら似合うだろうなと一瞬頭を過ぎったが、あわててその思考を払いのける。 「マジかよ。マジでここ、日本じゃ、いや、それどころか、オレの居た世界じゃなかったんだ」 実は未だにどっかの田舎だと思ってた。だって食生活とかそんなに変わらなかったし。 でも、少なくともオレの居た世界には、うさみみ少女は実在しない。 っていうかなんだよあの格好水着のバニーさんなんてメじゃないじゃんブレザーっぽい服にミニスカってうはっ。 「……あ、あの、その、聴いてます? というか、聴こえてます?」 半分トリップしていたが、そいやぁ危機感を感じたからオレは身構えたんだということを思い出し、いやでもやっぱり可愛いなぁと思いながら、もう一回身構えた。 「えっと、何?」 「貴方は誰ですか? 何でこんなところに居るんですか?」 「え? だれって、えっと、オレは、深影憂っていって、その、何で此処にいるかなんて、そんなの、」 そんなこと、オレの方が教えて欲しいくらいだ。 「深影、憂……。あ、そうか、貴方が新しく来た人か。確か、白沢のところに居るんだよね」 ……オレってば、何時の間にやら有名人? 「えっと、オレのこと知ってるの?」 「まぁ、新しく幻想郷に来た人だからね。そういう情報は私が仕入れて師匠や姫に教えることになってるから、そのくらいは知ってるよ」 ……姫? この世界は王制なんですか? 「確か、迷い込んだんだっけ? 紅白たちも面白がって君の事話てるから、結構君の情報は入ってくるよ。なんでも料理が結構上手とか。いいなぁ、うちの姫はそんなこと出来ないし、師匠は出来るくせに私にばっかりやらせるし、てゐちゃんは怪しいものしか作らないし、料理できる人ってホントいいよね」 「え? あ、ああ。そうですね」 なんですかこれ? え、ひょっとして誘われてる? うちに来て料理作ってくれてって誘われてる? それでお礼なんか貰えるって、そういうことですか? 「これから昼食なんだけど、また姫が無茶言って、そーめんが食べたいって言い出すのよそーめんが。そんなの急に言われても買い置きなんてしてあるはずが無いじゃない。だから侵入者を排除しつつ、ついでに買出しに出かける……とこだった忘れてた!」 急に大声を出して慌てだしたぞ。 「あ〜ん。また『買い物一つに何時間掛かってるの』って師匠に嫌味言われる〜」 まぁ、もう昼過ぎてるから待ってる方は嫌味を言いたくなるのは仕方ないけど。作る方の身になると大変なんだよな。 心底慌てふためいていたので、柄にも無くちょっとした親切心がでてしまった。 ……そういえば、不思議の国のアリスに出てくるうさぎも慌しかったよな。ウサギってのはそういうモンなのかな? 「えっと、その、オレも付き合おうか買い物」 いやまぁ目の前であんだけ慌てふためかれるとそりゃ手助けせざるをえないって。 「え? ……いいんですか?」 「その、オレと一緒だったって言えば、言い訳にもなるだろ」 「そうですね。……ありがとう」 「ん、ま、オレも今晩の買出しに行くとこだったから」 ま、これは言い訳だけど、でも夕飯の買出しに行くこと自体はするから、多少早くても問題なしだからいいか。 「それじゃ、いきましょ!」 「ああ、……えっと」 そういえば、名前知らない。 「名前なんて言うの?」 「あ、ごめんなさい。私の方は知ってるもんだから名乗るの忘れてた。 私は鈴仙。鈴仙・優曇華院・イナバよ。宜しくね」 「ああ、うん。此方こそ、宜しく」 とっても嬉しそうに微笑みながら、オレ達は村に買い物に出かけた。 思えば、村にまともに来たのはこれが初めてかもしれない。この世界に来て三週目に入るが、先週まで買い物は全て慧音がやってくれたし、でなくとも畑や川魚で自給自足が成り立ったのだから。 だから必然、オレが買い物をしに村に行くことは無く、それ以外の理由ではもっと無かった。 だが流石に慧音ばかりに買い物に行かせるのは申し訳ないと思っていたので、今日からは買い物も交代制にすることにしたんだ。オレだってこの二週間で、結構この生活に慣れだしたころなんだから、新しいことに取り組んだって良い時期だろう。 ……欲を言えば、一緒にお買い物っていうか、デートっぽいことをしたかったんだが、それは流石に高望みし過ぎというか、時期尚早か。 でも。 「憂さん。憂さんは今晩のおかず、何にする予定何ですか?」 でも、うさみみの可愛い女の子と一緒に買い物が出来るなんて、夢のようだ。 「うん、そうだね。今朝は和食にしたし、慧音が和食の方が好きだから、刺身にでもしようかなって思ってるんだけど」 こう見えてもオレは釣りが苦手だ。だから必然魚が食べたいとなると、慧音が釣ってくるか、村で買うしかないわけで、流石に慧音に頼むのも忍びないからオレが買ってくるしかないわけだ。 「刺身ですか。それもいいですね」 「美味しいよね。マグロの赤身とイカの刺身で鉄火丼でも作ろうかと思ってるんだ」 丼って、こういっちゃプロの方に失礼だけど、他におかずを考えなくてもいいから楽なんだよな。あとは精々汁物でも作ればいいだけだし。 「わたしのとこは、どうしようかなぁ。今から作るそーめんは必須として、晩御飯は、わたしも鉄火丼にしようかな。でも丼一品だけだと手抜きだって師匠に愚痴られそうだしなぁ」 「師匠ってさっきから言ってるけど、なんか習ってるの?」 「え? あ、うん、習っているっていえば、習ってるのかな。薬剤のこととか。でも、まぁ殆どわたしが勝手に師匠って呼んでるだけなんだけどね。師匠も別に何も言わないから、嫌がっては無いと思うんだけどね」 実際どうなんだろうなぁって、少し消え入りそうな声で最後にそう言った。 ふぅん、色々あるんだな。竹林から出てきたところをみると、竹林にあるというお屋敷の人なんだろうけど、その屋敷についてだけは、何か慧音は言葉を渋るんだよなぁ。 何かあるのかな。みんな鈴仙みたいなうさぎ耳とかだろうか。それは、見てみたい気がするな。 でも、実際どうなのだろう。それとなく、鈴仙に訊けないかな? 「うん? わたしの住んでるとこ? 一応隠れ屋敷みたいなものだから、あんまし言いたくないんだけどね」 「そこを頼むよ。何でか慧音は、その屋敷についてだけはあんまし語ってくれないんだ」 「それは、まぁ、そう、かな。慧音自身は別に何も無いんだけど、慧音の友達と、姫がちょっと仲が悪いから」 端から見ると、仲が良過ぎて悪いって感じだけど、と、最後に付け足した。 慧音の友達か。誰だろう? 紅白の巫女かな。いや、あの巫女はそういった感じじゃないな。誰かと気まずくなるような、そういった感じは受けなかった。 じゃあ、誰だろう? 考えてみれば、オレ、慧音の友好関係なんて全然知らないや。 オレは、慧音を全く知らない。勿論慧音だってオレを全く知らないだろうけど、でも、そういった関係は、居候の身としては、いや、一緒に暮らしている身としては、なんかやだな。 「ねぇ、その友達って、だれ?」 「えーと、……うん、それは慧音本人から訊いた方がいいよ。そのうち紹介してくれると思うから」 「そのうちって、何時だよ…」 「えっと、次の満月までには、かな」 「満月、ね」 そういえば、紅白の巫女も満月がどうのこうの言ってなかっただろうか。満月に、何かあるのだろうか? 月の魔力。 オレの元居た世界にだって、少なからず月の影響は受けていたけど、オレの知りうる限り、それは別に魔力なんて大それたものじゃなくて、精々が干潮満潮に関係するくらいだ。 でも、この世界は違うのだろうか? 月の満ち欠けが、文字通り魔力としての力を発揮するのだろうか? 月。満月。十五夜。月見。 ちょっとまて、隣にいる彼女、うさみみの彼女。名前を、鈴仙・優曇華院・イナバ。 うさみみで、イナバ。 月のうさぎ。 月の模様は地域や国ごとに違うけど、日本でもっともポピュラーなのが、うさぎの模様。 月の、うさぎ。 いやだって、そんなの御伽噺じゃないか。夢物語じゃないか。伝承じゃないか。伝説じゃないか。 幻想じゃないか―― ……だから、幻想郷というのだろか? 「ねぇ」 「うん? なに」 「その屋敷は、鈴仙みたいにみんなうさみみなの?」 萌えとか、そういう下心からの理由ではなく。 怪異としての、好奇心からの質問だった。 「鈴仙……」 「え? あれ? ひょっとして、初対面なのに行き成り呼び捨てって、拙かった?」 しまった。そうだよな。女の子だもん、そういうの気にするかもしれないよな。 「あ、うんん。そうじゃないの。あんまりわたし、鈴仙って呼ばれないから。ちょっと驚いちゃっただけ」 鈴仙で呼ばれないって、じゃあみんなは鈴仙を何て呼んでるんだろう。鈴仙・優曇華院・イナバ。どこをどうとっても鈴仙以外考えられない気がするんだが。優曇華院の場所だったら、それで呼んでる人には、特にそれで最初に呼んだ人のセンスには脱帽ものだ。 いや、ひょっとしたら優曇華院って凄く高尚な意味を持ってるのかもしれない。寡聞にしてオレが知らないだけで。 だって、院って付くんだもんな。なんか凄そうな意味があるに違いない。 「でも、鈴仙って、可愛い名前だと思うよ」 「………そ、そんなこと、ない、と思うけど///」 なんだか照れてしまった。そういう反応をされると、こっちまで照れてしまう。 でも、そんな反応をするってコトは、ホントに鈴仙って呼ばれないんだ。 「それじゃあ鈴仙、さっきの質問なんだけど」 「あ、えっと、師匠と姫以外は、みんなうさみみ、といえばうさみみだよ」 「へぇ、そうなんだ」 師匠と姫以外、ということは、師匠と姫は人間ということなんだろう。 しかし、さっきから師匠と姫って、師匠の方に重点置いてるよな、普通は主である姫の方に重点を置きそうなものなのに。 まぁ、別にどうでもいいけど。 さて、これ以上は、屋敷について訊きたいことは、無いかな。それじゃあ。 「そーめんと鉄火丼の材料を、買いに行こうか」 「はい」 デートを楽しみますか。 買い物を一時間くらいで済まし、でも欲を言えばもうちょっと鈴仙と一緒に居たかったが、『師匠と姫がお腹を空かして待っているので一刻も早く帰ってそーめんを作らないといけません』といって、鈴仙と別れた。時間が時間なので、どっちにしろ絶対怒られるとも言ってたけど。 ただ、別れ際に『また一緒にお買い物してくださいね』と言われたのは、なんだか凄く嬉しかった。 しかし、鈴仙の屋敷には何人いるんだろう。マグロを一頭丸々買ってったけど。っていうか鈴仙、マグロさばけるんだ。ちょっと意外かも。 さて、鈴仙も帰ったことだし、オレも帰るとするか、そう思ったときだった。 思わず立ち止まった。 立ち止まってしまった。 この幻想郷で巫女を見た。うさみみをみた。そして今度は。 ――メイドの登場だった。 「あら、貴方、新顔ね」 そんな挨拶をされた。 メイド服の少女。これは慧音に訊いたことがある。曰く、真っ赤な屋敷に住まう唯一の人間にして最高にお洒落なメイド。 名前は、確か。 十六夜咲夜。 十六夜。また、月だ。この世界はほとほと月が好きらしい。 「こんにちは、メイドさん。買い物ですか?」 「ええ、そうよ。貴方はたしか、白沢のとこにいるっていう、迷い人ね」 「深影憂です」 「そう。私は十六夜咲夜よ」 「時間を止めれるらしいですね」 「まぁ、誰に訊いたのかしら。って、一人しかいないのだけれど。全く、お喋りな牛ね」 「牛?」 それは、誰のことだろう? 「あら? まだ訊いてないんだ。話してないんだ。それは傑作ね。何を保身に走ってるのかしら。人間を護るくせに、正体がばれるのは嫌なのかしらね」 ひょっとして、この男にいかれちゃったのかしらと、オレをキッと睨んできた。なんて、鋭い眼光だろう。少しといわず、大幅に萎縮してしまう。怯んでしまう。 「貴方、何時までいるのかしら?」 「え? …えっと、帰り方が解らないから、暫くは、慧音のところに居るけど……」 「そう。それなら満月の夜までは最低限いなさい。白沢の面白い姿が見れるから」 そう言って、てくてくと歩いていってしまった。 満月の夜、か。 巫女も、鈴仙も、十六夜咲夜も、満月の夜に、一体何があるって言うんだろう? 慧音に関わることだけは、確かみたいだけど。 でも、慧音はそれを隠している。だったら、無闇に訊かない方が、やっぱり良いんだろうな。 「あんたはさ、何時までそうやって我関せずな態度で居るのよ。事の原因は、アンタなんだからしっかりしてよね」 オレは、他人を泣かせた。 高校二年になったばかりの春先、オレは、生まれて初めて告白された。相手は新一年生。中学時代の、オレの後輩だった。 健気にも、オレを追ってこの高校に来たらしいが、しかし、当時のオレは他に好きなヤツが居たから断ったんだ。 それ自体は普通のことで、何もおかしいところはない。普通はそうだ。だけど、その女の子はオレに振られたことで多大なるショックを受け、そして、道を踏み外した。 否、踏み外そうとした。 それを救ったのが、久瑠奈だった。その久瑠奈が、オレにそう言ったんだ。 だからオレは、無関心は、そんなに悪いことなのか? って、言い返した。 そしたら、グーで殴られた。 ただ、振っただけなんだ。好きじゃないから、振っただけなんだ。それでそいつが道を踏み外したって自業自得じゃないか。なのに何で、オレだけが悪みたいに言われるんだろう。 理不尽だ。 「それでも、それでもあの子は道を踏み外そうとしたんだ! 確かに自業自得だけど、でも、理由を作ったのが、原因なのは、アンタだろ! それなのにアンタは、何も感じないってのか! どうでもいいって言うのか!」 言葉の持つ力を、もっと自覚しろ。 そんな風に、罵られた。他の誰でもない、久瑠奈のやつに。 ショックだった。そんな風に言われたことが、じゃなくて、そんな風に言ってきたのが、久瑠奈だったって、ことが。 ああ、そうだ。当時のオレは久瑠奈が好きだった。だから、久瑠奈に蔑まされたのは堪らなかった。こんなの、オレが振った女の子と同じで、ただ単に自分の我が侭だって今なら解るけど、でも、そのときはそれが嫌で、ショックで、そこから直ぐにでも、逃げ出したくて、久瑠奈の顔を、まともに見れなくて、久瑠奈に顔を、まともに見られたくなくて。 だから、逃げ出した。 その道中だ。 そうだ、その道中なんだ。 その道中に、穴を見つけた。その穴の中に、光る何かを見つけた。自然、それに手が伸びた。 そして、そして―― オレは穴に入っていった。 「穴が在ったら入りたいって、そんな風に揶揄することが出来るのが、笑えるよな」 夕食に作った鉄火丼は、慧音にとって好評だったので凄く嬉しかったけど、そういえば鉄火丼は久瑠奈も好きだったよなって、そんなことを思い出したら、自然、遣る瀬無い気持ちが漂ってきて、オレは今、一人で竹林に居た。 心配そうな顔をしていた慧音に、少し夜風に当たってくれば大丈夫だからと、そう言い残して、一人で彷徨っている。 竹林。昼間も着た場所。鈴仙に会った場所。そして、慧音が言い淀む場所。だから、ここなら、慧音が追ってくる可能性は少ないんじゃないかって、そんな、考えが少しあったからなのか、それとも、鈴仙に会いたくなったからなのかは、解らないけれど、でも、兎に角竹林をさ迷った。 ここは、不思議な場所だった。幻想郷自体が摩訶不思議な場所では在るが、ここは更に輪を掛けて、神秘的な場所だ。時間の流れが違うような、そんな感じさえする。 ここに居れば、何年でも、何十年でも、何百年でも生きていられるんじゃないかって、そんな錯覚を起こしてしまう。でも、何千年は流石に無理かな。 そんなことを考えながら、いや、特に何も考えなしに竹林を散策していたら、不意に、一軒の炭焼小屋が出現した。急に現れたように感じたのは、そこだけぽっかりと空間が開いていたからなのかもしれない。 そして、そこから、一人の女の子が出てきた。 「うん? 何だお前は。こんな夜に輝夜の刺客か?」 薄く青が掛かった足首まで伸びる髪と、大きなリボン。そして赤いもんぺ。活発そうな顔立ち。 幻想郷の主要人物のことは、慧音から凡そのことは訊いてあるが、しかし、こんな特徴の子の話は、訊いていない。慧音も知らない人だろうか? それとも、彼女こそが、慧音が話し渋った原因だろうか? もんぺの女の子は、抱えていた薪を無造作に足元に置くと、きりっと構えた。 今からオレと、まるで戦いでもするかのように。 「え、あ、ちょ、ちょっと待ってよ。刺客とか、なんだよそれ!」 ホントに襲ってきたら堪ったもんじゃない。 比較的身体は小さい女の子とはいえ、そこから発せられる気は、オレなんかじゃ到底敵いそうもない。 赤く熱く強い力を。 「じゃ誰? こんなとこに用なんてないでしょ?」 「散歩しちゃ駄目なのかよ!」 「駄目、じゃないけど、でも、なんでこんなとこ散歩してるのよ」 「偶々だよ偶々。慧音が竹林のことあんまし教えてくれないから、自分で調べるしかないんだよ」 「慧音? 慧音と言ったの今」 「あ? 言ったけど…」 なんだ、慧音の知り合いなのか。だったら何でオレに教えてくれなかったんだ? それはやっぱり、この子が何かしらの原因だからなのか? 「お前、慧音とどういった関係?」 「え、っと。居候させて、もらってる」 「い、居候!!!」 そ、そんなに驚くことかな。っていうか、会う人会う人みんな知ってるもんだから、この子も普通に知ってるものだとばかり思ったんだけど。 「なんでそんなことに!」 「あ、っと、うん、ついこの間のことなんけど、この幻想郷に迷い込んじゃって、行く場所が無いから慧音にお世話になってるんだ」 「……なんだ、迷い人か。確かにそれなら、慧音も親切にするだろうね」 なんだか凄く安心したように見えたけど、えっと、どういう意味だろうね。 「ふうん、しかし、迷い人ね。結界が弱まってるみたいなことはこの間のだらけた二人に訊いたけど、そうか、遂に人まで迷ってくるようになったのか。……あの二人、だらけ過ぎじゃないの?」 あの二人ってのは、結界に関することだから、紅白の巫女と、隙間妖怪のことで良いんだろうな。 「ところで、私のことを慧音から何か訊いてたりする?」 「あ、いや、何も」 何も訊いてないから、彷徨っていたわけだし。 「そっか、それならまぁいいや」 気になる発言をするなよ。気になるじゃないか。 「お前、帰れる見込みはあるの?」 「今のところは、無いかな」 寧ろ、帰れなくてもいいかなって、思ってるくらいだ。久瑠奈には、嫌われちゃったわけだし。 「そう、それは気の毒だね。……次の満月の夜までには、帰れるといいな」 また、満月。満月の夜に、一体何があるっていうんだ? 「そう、だね」 風が吹いて、竹が撓る音がする。そういえば、竹と満月も関係あるよな。竹取物語。いくらなんでも、このくらい有名な古典ならオレだって知っている。 一本の光る竹を切って、中から女の子の赤ん坊が出てくる話で、目を見張る速さで育ったその女の子が、求愛を全て跳ね除けて、月に帰っていくお話。 その女の子は、かぐや姫と呼ばれる。 かぐや姫。 輝夜。 そんなの偶然だろ。さっきこの子が輝夜って言ったからって、そんなの、考えすぎじゃないか? でも、うさみみがいた。月のうさぎかどうかは解らないけど、でも、伝承が形になっている場所が幻想郷なのだとしたら、なにか関係が在るのかもしれない。 決め手は満月。 満月の夜に、何かが起こる。 「そうそう」 無造作に放った薪を拾い上げながら、 「私の名前は藤原妹紅だ」 そう名乗った。 「オレは、深影憂だ」 藤原。竹取物語にそんな姓のやつが出ていたような気がしなくも無いが、しかし、特に読み込んだわけでもないので、実際はどうなのか定かじゃないけど。 でも、藤原、か。 昔を連想するには、これ以上無い姓名な気がする。 「お帰り。遅かったから、心配したよ」 そんな温かい言葉を掛けてくれても、慧音はオレに隠していることがある。だからオレは、妹紅に会ったことは、慧音に言わなかった。 だから、ただの一言。 「ただいま」 そう、言った。 次の満月まで、あと一週間。 「それで、酷いんですよ、師匠ったら」 何故か、オレは鈴仙に懐かれてしまった。女の子が慕ってくれるのは素直に嬉しいけど、うさみみがあるので動物に懐かれてるだけのようなそんな気がしないでもないのでちょっと複雑な心境だった。 しかし、知り合ってからの一週間、慧音よりもむしろ鈴仙と一緒に居た時間の方が長いかもしれない。偶にちっさいうさみみの、確か名前をてゐといったっけ、その子も一緒に居ることもあったけど、何故か終始その子はオレを睨みっぱなしだった。 ……何かしたかな、オレ。 まぁ、うさぎにもうさみみにも、人懐っこいのとそうじゃないのが居るって事だろうな。 「また新薬の実験とか行って、わたしに無理矢理飲ませて、その所為で、その、あの……」 恥ずかしそうに、腕を組んで、まるで胸を隠そうとしているように腕を組んで、もじもじしながら言っているのだが、それがかえって胸が強調されて、こちらとしては目のやり場に困る。 そう、今日の鈴仙は、胸が大きかった。師匠に胸が大きくなる薬を飲まされたらしい。 腕を組んで必死に隠そうとしていても、さっきからたゆんたゆん揺れていて、その、あの、正直、限界が近いです。 うさみみでロリ顔で、巨乳。やばいよほんと。 「う、うん、そうだね」 さっきから胸ばかりが気になって、生半可な返事しか出来ないオレを叱ってくれ。 たゆんたゆん。 たゆんたゆん。 襲ってしまいそうだ。やばい。オレだって健全な男子高校生なんだ。そんな胸を強調されちゃあ。 理性が飛んでしまう。 たゆんたゆん。 たゆんたゆん。 …………。 もう、限界じゃぁあああああああああ!!! 「そういえば、さ。今日だね、満月」 その言葉が、オレの理性を再び呼び戻した。 「そう、だね」 さっきとは違った意味で、また生半可な返事しか出来なかった。 「あれから紹介してもらった? 慧音の友達」 「いや、まだ」 「そっか。そうなんだ。慧音も、君に嫌われたくないのかな……」 「なんだよそれ。友達紹介しても、別に嫌いになることは無いだろ。それに第一、友達って妹紅のことだろ?」 確かに何か計り知れないヤツだったが、別に嫌いになるような奴じゃなかった。 「あ、知ってるんだ」 「竹林さ迷ってたら、偶然出会ってさ。そんな会話をちょっとね」 「ふうん。あの子にしては、初対面の子とそんなに話すなんて、ちょっと珍しいね」 「そうなのか?」 オレの帰路の心配までしてくれたんだけど。 「慧音の知り合いってのいうが、少しは和む要因になったってことかな」 「そうなんだ」 だったら間接的には慧音に紹介してもらったようなもんだな。 「それで、ね」 「うん?」 たゆんたゆん。 たぷんたぷん。 少し気を抜くと、やっぱり胸が気になってしまうのは男の性というか何というか。 というか何でかさっきよりももじもじしてるもんだから、たぷたぷ鳴ってるんですけど。 「今日、慧音は家に帰らないと思うからさ、良かったら、永遠亭に来ない?」 「え? 鈴仙のうちに?」 それは、まことに嬉しい申し出だけど。 「なんで、慧音は帰ってこないって、言うの?」 「そ、それは、その……、満月だから」 「満月だと、何で?」 そうだ、会う人会う人、みんな口をそろえて満月と言う。慧音が隠してるようだったから敢えて訊かないようにしたけど、ここまで露骨だと、やっぱり気になってくるじゃないか。 「何で!?」 「それは、その……。永遠亭に着いたら、話すから」 「……わかっ」 たぷん。 シリアスな場面なのに、胸に目が行ってしまった。 おいおい、ちょっと待ってくれよ。永遠亭に泊まるってことは、その、つまり、鈴仙と一つ屋根のしたってことだろ。いつもの鈴仙なら、気兼ね無く泊まることも出来ただろうけど、今日の鈴仙は、その、あの、巨乳で、そんなのが一つ屋根の下に居たら、何しちゃうか解んないんだけど。 実際、慧音と一緒に住んでるのだって、そういったムラムラ感を抑えるのに凄く苦労してるんだから。その慧音よりも、今の鈴仙は大きいわけで、その、やばいんですけど。 「……やっぱり、わたしと一緒なんて、嫌だよね。君からみれば、ワケ解らない存在だもんねうさみみなんて」 「そんなこと無いよ」 それは可愛いから問題無いです。 「その、永遠亭にも、男はいるんだよね」 そうだ、何も女の子だけで住んでるということは無いだろう。暮らすのに男手は必要だ。その人と一緒に居れば何とか抑えられるだろう。 「女の人だけですよ」 マジで? それって、つまり、今オレが行けば、ハーレムじゃん。 じゃなくて。 「そんな所に、男のオレが行ってもいいの?」 文字通り、うさぎの群れに狼が放られるようなもんだ。 「うん。師匠も姫も連れて来ていいって。何か、慧音が入れ込んでる男を見てみたいとか、なんとか」 「……慧音とは、そんなんじゃないよ」 「そう、そうだよね。ただ、てゐちゃんだけは、何か不満そうだったけど」 そうだろうな。何でか知らないけど、オレ、あの子に嫌われてるっぽいし。 「でも大丈夫だよ。てゐちゃんいい子だもん。直ぐに仲良く慣れるよ」 「そうかな」 それなら良いんだけど。 そんなわけで、今日は永遠亭に泊まることになった。 慧音にそのことを知らせてこようとしたら、もう伝えてあるからと言われたので、そのまま永遠亭に行くことになった。思えば、慧音の居候を除けば、初めて女の子の家に招待される気がする。 ところで、満月の夜の慧音の用事って、何なんだろうな? 永遠亭に着いたオレは、呆然とした。 何が師匠と姫以外みんなうさみみだよ。師匠と姫と、鈴仙とてゐ以外、まんまうさぎじゃねーか。 女の人だけって、騙された気分だ。 でも、それよりも。 「貴方が、慧音の入れ込んでる男ね」 「ふうん。案外普通の男の子じゃない」 師匠と姫。八意永琳と蓬莱山輝夜。 まるで悪巧みをする悪ガキの様な笑みを浮かべながら、見透かす様な笑みを浮かべながら、オレに挨拶をした。 しかし、しかし。姫の方は黒髪に和服と古典的なお姫様スタイルだが、正直興味をそそられないが、しかし、師匠、八意永琳の方は、何ていうか、艶かしい。今の鈴仙くらいの大きさの胸を標準装備とは恐れ入る。そしてなりよりもアダルチックな雰囲気がなんともいえない魅力を醸し出している。 成程、鈴仙が姫よりも師匠を重視している理由が解らないでもない。 「は、始めまして。深影憂です」 「知ってるわ。名前だけ訊いたときはどんな格好いい男の子が来るのかと期待していたのだけれど、とんだ期待外れね」 酷い言われようだが、オレだってお前みたいなちんちくりんの姫さんには期待外れだ。 「そう言わないの姫。彼は慧音だけじゃなくて、うちのうどんげまで誑かしたんだから、内面はなかなかいい子なのかもしれないのよ」 「そうかなぁ」 流石だ師匠。オレはあんたを好きになれそうだぜ。……っていうか、うどんげって誰だ? 「ちょっ、師匠! わたしは、別に……」 何故か鈴仙が反論する。うん? あれ? そういえば、鈴仙の本名って、鈴仙・優曇華院・イナバだよな。優曇華院……うどんげいん……うどんげ。 ……ああ、マジで鈴仙って呼ばれてないんだ。てゐは鈴仙って呼んでたから、永遠亭の連中は、身内はちゃんと鈴仙って呼んでるものだとばかり思ってた。 ……というか。 「鈴仙を誑かしてなんてないですよ」 酷い言いがかりだ。自分の弟子が他の人に懐くのは嫌なんだろうか。 「惚けなくてもいいのに。うどんげを鈴仙って呼んでること事態がもう誑かしてるんだから」 それだけで! マジでこの子鈴仙って呼ばれないんだ! 「師匠っ!!!」 「そんな照れなくてもいいじゃない。凄く嬉しそうに毎日会いに行ってるんだもの。妬けちゃうわよホント。実際てゐはうどんげが構ってくれないって拗ねちゃったんだから」 ああ、予想はしてたけど、やっぱりそんな理由で嫌われてたのかよ。そりゃ、そんなのが自分の家にまで来て欲しくはないだろうな。 「いいじゃないうどんげ。この際白沢から寝取っちゃいなさいよ」 「じゃあイナバとそいつは同じ部屋に寝かせましょう」 「そうね。姫、ナイスアイデアです」 「ししょおおおおおおおおおおおおおおぉっ!!!」 「それはオレもちょっと……」 今の状態の鈴仙と同じ寝室だなんて、我慢できるわけないじゃないか色々と。 っていうか、全員鈴仙の呼び方違うんだ。 「あら? うちのうどんげじゃ魅力が無いとでも? やっぱり白沢と毎日寝てるから、今更うどんげごときじゃムラムラこないのかしら?」 「ムラムラくるから断ってんだよ! あと誤解を招く言い方すんじゃねぇよ!」 「良かったわねうどんげ。彼、貴女に発情するみたいよ」 「だからその物言いを止めろ!」 なんだこいつえろえろじゃねぇか頭ん中までアダルトかよ。 「客室は無いのかこの屋敷には!」 「在るには在るけど、やっぱりうどんげが誘ったんだから、うどんげと一緒に寝るのが筋だと思うのよ。なんならゴムも貸すわよ? どうせ持ってないんでしょ?」 「一緒に寝ないし要らないよ!」 欲を言えば寝たいけどそれは倫理的にも道徳的にも駄目だろ。鈴仙はそういうつもりでオレを招待したわけじゃないんだから。 「据え膳食わぬは男の恥って言うけれど、それって童貞にこそ当てはまる言葉だと思うのよね」 「悪かったな!」 このままだとえろえろトークの水掛け論で一向に話が進みそうに無いな。何とかして乗り切らないと。 そう、思った時だった。 「私が、憂と一緒に寝る」 そんな発言をしたのは、鈴仙でも師匠でも姫でもなく、誰であろう、てゐだった。 「私が、一緒に寝たい」 「てゐ、ちゃん?」 「お前、良いのかよ」 「私なら、発情、しないでしょ?」 いや、そうとも言えないけど、鈴仙に比べればって意味なら、まぁ。 「でも、お前、オレのこと嫌ってるんじゃ」 「だから、私なら襲われそうになっても鈴仙と違って抵抗できるから」 「いや襲わないよ誰でも」 「なら、私でもいいよね」 「お、おう」 これは、もう、誘導だった。 「そういうわけで、憂とは、私が一緒に寝るから」 「うどんげ、寝取る前に、寝取られちゃうわよ」 「わたしそんなんじゃないもん!」 と、まぁ、そんなことで、とりあえず今日の寝床は決定したわけだった。 夕食を馳走になり、風呂も頂き、さてでは与えられた客室へ行こうかと思ったときに、そういやぁてゐと一緒なんだよなぁということを思い出した。鈴仙と一緒だと倫理的に気まずいけどてゐは普通に気まずい気がする。だって嫌ってるやつとどう接すりゃいいんだよ。 「入るよ」 一応、礼を言っておいてから突入。その部屋の中には。 「お帰りなさいませ。ご主人様」 敷かれた一つの布団の上で、深々とお辞儀をするてゐの姿があった。 ……これは、何の合図だ? 何の罰ゲームだ? 「何やってんの?」 「殿方を迎える貴婦人って、こういうものでしょ?」 「知るか!」 っていうか、どの面下げて貴婦人だよ。 「襲わないんですか? 別にいいですよ。返り討ちにしますから」 まぁ、この世界の住人の特殊性は既に把握しているので、ガチンコで対決したとしても、ものの数秒で負けるだろうけど。でもそんなの関係無しに。 「襲わないよ」 襲うんだったら鈴仙を襲う。 「ふぅん。案外紳士じゃない。鈴仙が惹かれるもの、解らなくはないかな」 「だから、鈴仙はそんなんじゃないって」 そりゃ、鈴仙は可愛いから、ホントにそうなら嬉しいけど。 「見た目通り鈍感なのね。それには全く惹かれないわ」 「悪かったな」 「それとも、逃げてるのかな? 好かれることに、逃げてるのかな? 人から好かれて所為で、何か嫌なことでもあったのかな?」 「…………っ!」 「だから、好かれているなんて、間違っても思いたくないのかな?」 ――その女の子はオレに振られたことで多大なるショックを受け、そして、道を踏み外した。 「そ、そんなこと、ない」 「誰かを振ることで、誰かを傷付けることが、そんなに怖いの?」 「――――っ!」 そんなこと、ない。そんなことない。オレは、オレは、ただ、好きだから、好きな子に、そばにいてほしかっただけで、傷付けるつもりなんて、なかったんだ。 傷付くなんて、思ってもみなかったんだ。 「見縊らないで! そして自惚れないで!」 「う、あ」 赤い瞳が、真っ直ぐとオレを据えた。視線が、外せない、逸らせない。 「あなた如きが振ったくらいで、鈴仙がどうにかなるなんて、そんなに柔じゃない! あなた如きに、そんな影響力は無い!」 まるで、蛇蝎の如く、オレを、見下す因幡てゐ。 だけど、それは、その通りなのだろう。オレ如きがどうこう出来るなんて、そんなの、言われるまでも無く、自惚れでしかない。 だけど、一回でも告白されたから、一回だけ告白されたから、初めて告白されたから、オレは自分の力を錯覚した。自惚れた。 何のことは無い。道を踏み外したのは、オレの方だったんだ。 「……そう、だな。うん。そうだ。鈴仙は、そんなに弱くない」 それは、この一週間ずっと一緒だったんだから、オレにだって解る。 「そう。解ったわ。じゃあ、それを踏まえて訊くけど、憂、鈴仙のこと、好き?」 「……え?」 「……即答出来ないようじゃ、見込み無いか。ちょっと鈴仙が可哀想かな」 「そ、即答って、そんなの簡単に出して良い答えじゃないだろう」 即答出来ないからって、そんなの。 「じゃあ、もう一つ、慧音のことは、好き?」 「あ、う……」 「ふうん。慧音の方が、見込みは在るみたいだね。鈴仙哀れ」 「な、なんだよ、そんなの、勝手に決めるなよ」 誰が好きとか、そんなの、勝手に決めていいことじゃない。 「でも、鈴仙よりは、慧音の方が好きなんでしょう?」 「どっちが、とか、そんなの……決めれるわけ無いだろ! 同じくらい好きだよ! 慧音も、鈴仙も! 慧音は右も左も解らないオレを助けてくれたんだし、鈴仙はここに来てからの初めての友達なんだから、どっちの方が好きとか、そんなの、比べられないよ!」 「詭弁ね」 「なっ!」 「結局逃げてるだけじゃん。鈴仙は本気で憂のこと好きだよ。その事実は凄くムカつくけど。それに、慧音だって。いくら人助けだからって、一ヶ月も男を側に置くなんてそれしか考えられないじゃん。それなのに、憂はどっちも好きとか言っときながら、どっちの想いにも応えようとしてないんだから」 「そ、そんなこと――」 「それとも、他に好きな子でもいるの? 前の世界に」 「っっっ!!!」 久瑠奈! 「ふぅん。どうやら本命はそれっぽいね。鈴仙も慧音も哀れ。でも、ま、元の世界に戻れなきゃ、それも意味無いけど」 「……さっきから、何だよお前。人の傷を穿り回しやがって。何のつもりだよ」 「これでも優しい方だよ。ホントなら殺したいくらい」 「……随分と物騒だな」 「だって、鈴仙を寝取るかもしれない男なんて、それだけで、許せないもん」 人を殺す憎悪。嫉妬。 だから、ここには男が居ないんだろうか? 「でも、ホントに殺しちゃうと、鈴仙が悲しんじゃうから。だから、殺さないけど」 「……ありがとな」 「礼なら、鈴仙に言いなよ」 因幡てゐ。人を幸せにする程度の能力。そんな能力を持ってしまった者の、最低限の、そして最大の抵抗。 …………。 静寂が場を満たす。とてもじゃないが、今この場にただ黙していられるほどオレは心の強い人間じゃない。居た堪れないのでちょっと夜風に当たってこようと立ち上がった時に。 「……そういえば、慧音の用事って、憂は知ってるの?」 そんなことを言われたら、この場から出て行けないじゃないか。 「……知らない。そういえば、ここに着いてから鈴仙に教えてもらう予定だったんだ。ちょっと訊いてくるよ」 「いいよ、そんなことしなくても。私が教えてあげるから」 「……まぁ、教えてくれるなら、別に誰でもいいけど」 正直この場は居た堪れないのだが、よく考えればそれは鈴仙のところに行っても同じだ。 「慧音にはね、たった一人のお友達がいるの。今は、憂もそうだけど。でね、そのお友達は、まず、名前は藤原妹紅。うちの姫たちと同じ、不老不死の一般人」 「不老不死の、一般人?」 なんだその、滑稽な呼び名は。 「この辺は、話に聞いた程度だから真偽の程はあんまし定かじゃないけど、何か色々あって、不老不死の薬、蓬莱の薬を飲んじゃった、一般人」 「それで、不死か」 「それから、姫と妹紅のいざこざは始まった。満月の夜に繰り返す、死なない死闘が」 「死なない死闘。それこそ滑稽だな」 「不老不死だから、死なない。死なないから、死力を尽くせる。そんな、弾幕ごっこともとれるようなとれないような遊びが、1000年以上も続いてる」 「1000年……」 何百年どころじゃなかった。 「でも、最近それがちょっと変わってきてね。妹紅に協力する者が現れたの」 「まさか、それが……」 「そう、それが上白沢慧音。彼女は、不死じゃないくせに、不死の死闘に割り込んだの」 「そんなの、自殺行為じゃないか!」 なんでアイツ、そんなことしてるんだよ。死ぬかもしれないのに、怖く、ないのか? 「それ以上に、端から見れば、真剣勝負に横槍を入れられたようなものだから。だから姫は、こちらからも刺客を送るようにしたの」 といってもそれは半分以上が成り行きみたいなものだけど、と付け加える。 「刺客は巫女のときもあるし、魔法使いのときもある。幽霊の時だってある。でも、今回は、悪魔の番」 悪魔の番。 悪魔の晩。 「紅い館の主が、妹紅を殺しに行ってるわ。怠けない、本気を見せない、裏を見せない者たちと違って、あの紅い悪魔はこういったことに容赦はないわ。ひょっとしたら、慧音はもう既に――」 「どこだ! どこでそんな馬鹿げたことをやっている!」 ダンっと、てゐの襟首を掴んで強引に壁に押し付けた。 「ったいわね!」 「何処だよそれは!」 「解らないの? 妹紅を殺しに行ってるのよ。妹紅の家以外にあるわけ無いじゃない。もっとも、慧音はその途中で足止めしてるでしょうけど」 妹紅の家なら行ったことがある。なんとか、間に合うか? 「……ごめん、ありがとう」 スッと襟首から手を離し、オレは一目散に駆け出そうとして。 「あ、あのね憂さん。やっぱりわたしも一緒に寝ることにしたの!」 顔を真っ赤にしながら、でも大きな声でそんなことを叫ぶうさみみに遭遇した。 「鈴仙……」 「やっぱり来た。そんなに信用無いのかな私」 「そ、そんなことないよてゐちゃん。た、ただね、わたしも、その、憂さんと、その、ごにょごにょ……」 胸の大きさが、元に戻ってる。ちょっと残念かも。 って、今はそれどころじゃなくて。 「ごめん鈴仙。ちょっと用事が出来たから帰るね」 「え? ええ? えええ!? な、何で!?」 こんなに残念がるなんて、ちょっと、、いや、マジで申し訳なくなってくるけど、でも慧音の一大事なんだ。オレ、いかなくちゃ。 「私が教えちゃったから。慧音とうちの関係を」 「え? ……てゐ、ちゃん?」 「うちと慧音は敵対関係にあるって、殺し合っているって教えちゃったから、慧音を助けに行くんだって」 「な、なんで教えちゃうの! せ、折角、折角憂さんと楽しく過ごせる夜だと思ったのに」 「鈴仙、お前、知ってたのか? このこと」 「あっ…………」 そうだよ、考えてみれば、初めに教えてくれるって言ったのは鈴仙じゃないか。鈴仙は知ってたんだ、慧音が何をするのか。それなのに、教えてくれなかった。教えてくれなかった! 「ち、違うの! 騙したとか、そんなんじゃなくて、その、あのっ!」 「何で黙ってたんだよ! 知ってれば、オレは、オレは――!」 「だって、知っちゃうと、憂さん、慧音についてっちゃったでしょ!」 そうだよ。当たり前だ。恩人の危機を見過ごせるほど、オレは薄情な人間じゃない。 「それが嫌だったんだもん。巫女でも魔法使いでもメイドでも半霊でもなんでもないただの人間の憂さんが行ったら、死んじゃうよ。死ななくっても、でも酷い怪我を負っちゃうよ。それは嫌なの。わたしは嫌なの。だからわたしは今日、ここに連れてきたの。ここにいれば安全だから、死んじゃうことも、怪我することもないから。だから、だから、慧音にもそう言って、やっと憂さんと過ごせる機会を作ったんだもん!」 解ってる。死ぬかもしれない、最低でも怪我するくらいの事は承知の上だ。それでもオレは、慧音を助けたい。 「行かないで。わたしと一緒に居て……」 オレは。 「ねぇ、憂さん。お願い……」 また。 「わたし、憂さんのこと」 女の子を。 「好きだから――」 泣かせるのか―― 「……ごめん」 「――――っ!」 最低だな。オレって。 「あんたは慧音を選んだんだから、さっさと慧音を助けに行ったら」 「……てゐ。何でお前がオレに教えてくれたのか、なんとなく解るけど、でも、これだけは言わせてくれ」 「……な、何よ」 「教えてくれて、ありがとう」 「――……っ! バッカじゃないの、あんた。私の思惑まで、解ってるくせに……」 「ああ、バカだよ」 だから、こんなに簡単に、女性を泣かせてしまうんだから。 鈴仙・優曇華院・イナバ。 「それと、鈴仙も、今まで、ありがとう」 「ひっく、ひっく、そ、そんな、ひっく、言葉、が、ひっく、欲しかったんじゃない、もん、……ひっく」 そう、だね。 ごめん。鈴仙。 幻想郷での、初めての、お友達。 竹林の中で、一際輝いている場所があった。赤く、紅く輝いている場所。そこが死闘の場所なんだろう。 妹紅の家の場所よりも、若干手前。今のところ、慧音は足止めに成功しているらしい。 「幻符『殺人ドール』」 「紅符『不夜城レッド』」 「旧史『旧秘境史 -オールドヒストリー-』」 三者三様の技の攻めぎ合いが聞こえる。一人は慧音、一人はこの間あった十六夜咲夜。もう一人の聴き覚えのない声が、紅い悪魔だろう。 名前をレミリア・スカーレットという、吸血鬼。 「くそ、凄い土埃だな」 三者三様、ど派手な技の鬩ぎ合いの結果、それが地場に影響あるのは自明の理だろう。だが、こうも視界が悪くては、慧音を捜せない。 くそ、慧音、何処だ? 慧音! 視界が晴れるのがまどろっこしい。早く、早く、砂埃よ収まってくれ! そして、視界が開けた。 そこに居たのは、ナイフ使いのメイド。紅い小柄な吸血鬼。そして、そして―― 「け……慧、音?」 「憂……お前、何で、ここに」 そして、角を生やした、白沢が、其処に居た。 「慧音、なのか?」 「み、見るな! 見ないでくれ、憂!」 白沢。中国に伝わる人語を解し万物に精通するとされる聖獣。その姿は諸説あるが、牛のような体に人面、顎髭を蓄え、顔に3つ、胴体に6つの目、額に2本、胴体に4本の角を持つ姿で書き表されることが多いという(by Wikipedia)。 だから、咲夜は、牛と言ったんだ。 「ねぇ咲夜。こいつは何?」 「一ヶ月ほど前に白沢に拾われた、ただの迷い人です、お嬢様」 「へぇ、なるほど。あははははっ! なに、なんなの、あんた、こいつにだけは、自分のそのワーハクタク姿を見られたくないって? 今まで散々その姿で人間を護ってきたってのに、今更何恥ずかしがってるのかしら。珍しいこともあったものね。人間を護るあんたが、人間にイかれちゃったってわけ? あはははは。傑作じゃない。随分とまぁ、メスらしいじゃないの」 あははははっと、高らかに笑う、吸血鬼。 「これが、この姿が、慧音が、オレに、ひた隠しにしていたことなのか……?」 「そう、そうだよ人間! この醜くきもい姿が、隠していたことさ。でもまぁ珍しくもメスらしい。うん、このフレーズは中々気に入ったわ。珍しくもメスらしい。珍しくもメスらしい!」 「成程、興味深い掛詞です。流石はお嬢様。珍しい態度をとる白沢と、動物みたいにメスらしい態度を取っていることが掛かっているのですね」 「……いや、あの、咲夜。解説されるとちょっと興醒めだわ」 「失礼、お嬢様」 な、なんだよ、珍しいとか、メスらしいとか、動物みたいだとか。そんな、慧音が、まるで、まるで―― 「白沢は妖怪だよ。それすらも、知らなかったみたいだね」 「ホント、珍しくもメスらしいわ」 「……っく、憂、早く、この場から、逃げてくれ」 「あはははははははっ!!!」 好き放題言い放ちやがって。 「見縊るなよ。そして自惚れるな」 そうだろ、てゐ。 「な、なによ、あんた」 「見縊るなよ。その程度のことで、オレが慧音を恐れるとでも思ったのか。そんなことでオレが慧音を嫌いになるとでも思ったのか。見縊るなよ。そして自惚れるな。慧音が格下だなんて思って自惚れるな。妖怪だとか人間だとか、そんなの、関係無い。そんなの、関係無いくらい、慧音は、素敵な女性なんだ!」 「う、憂……」 風の音がする。風の音しかしない。場は、一時の間、静寂に包まれた。 サァァアアアッ 「な、何よあんた」 それを破ったのは、吸血鬼だった。 「何よあんた何よあんた何よあんた何よあんた何よあんた何よあんた何よあんた何よあんた何よあんた何よあんた何よあんた何よあんた何よあんた何よあんた何よあんた何よあんた何よあんた何よあんた何よあんた何よあんた何よあんた何よあんた何よあんた何よあんた人間と妖怪が一緒になれるとでも思ってるの馬鹿馬鹿しい!」 「なれるさ! 現にあんただって、人間と一緒にいるじゃないか! 十六夜咲夜と一緒にいるじゃないか! それは人間と一緒になれる証拠じゃないのか! どうなんだよレミリア・スカーレット!!」 「うるさいっ!!!」 瞬間、気が爆ぜた。紅い気が、辺りを包み、今にも火傷しそうなほど、今にも凍えそうなほどの、黒く紅い気が、場を包んだ。 「お前なんかに何が解る! パッと出の人間風情に、お前なんかに何が解るっていうんだ! 永遠を生きれる力も無いくせに、脆弱な命しか持たないくせに、何年も何十年も何百年も孤独に生きる苦しみを知らないお前如きが、解った風な口を利くな!」 「だからじゃないのか! 孤独が嫌だから、だから、今、お前の側には咲夜がいるんじゃないのか!」 「うるさぁあああああああああああああああああああああああああああいっ!!!!!!」 紅い気が、凝縮する。そして―― 「お嬢様、いけません! それは、それでは力が――」 「スカーレットディスティニー!!!」 無数の紅い刃が、縦横無尽に襲い掛かってきた。 死ぬかもしれない。 ああ、正にその通りだよ。折角心配してくれたのに、まるで駄目じゃん、オレ。 鈴仙。 てゐ。 慧音。 みんなの心配を、無駄にして、ごめん。 「憂!!!」 オレを庇うように、まるでオレを護るように、慧音が前に立ち塞がった。 「慧音! 何で!」 「それは私のセリフだ。何故此処に来た? うどんげに頼んであったのに」 「何でって、そんなの――」 「解ってる。私を、助けに来てくれたのだろう」 「ああ。結局、何も出来ないけどな」 「そんなことはないさ。助けに来てくれて、ありがとう」 「礼を言われることじゃないよ」 本当に、ただ、足を引っ張っただけ。 「だから私は、そんな勇敢な人間を、偉大なる男を、大好きなお前を、護る!」 「……慧っ!」 「無何有浄化!!!」 無数の紅刃が相殺されていく。それでもまだ足りない。 でも。 「大丈夫だ。私は、負けない」 慧音は、そう言ったんだ。だから、オレだって、負けるものか! ――――――――――――――――――――――――――ッ!!!! 結果は、力負け。それでも慧音のお陰で死は免れた。 「解ってるのよ」 唐突に、吸血鬼が口を開いた。 「あんたに言われるまでも無く、解ってるのよ、そんなこと」 口惜しそうに、そう言った。 「行くわよ、咲夜」 「……はい。お嬢様」 そうして、吸血鬼とその従者は飛び立っていった。妹紅の家の方向とは、およそ見当外れな方向へ。自分たちの屋敷へ帰ったのだろか? 「見逃して、くれたのか」 「そうみたいですね」 オレ達を、そして妹紅を。 「…………」 「…………」 さっきの慧音の言葉は、やっぱり告白、なんだよな。オレは慧音を恩人だと思ってる。この世界では他の誰よりも大好きだ。 出来ることなら―― 「……それじゃあ、帰ろうか」 その、慧音の提案に。 「ああ」 そう、頷くことしか出来なかった。 オレはまだ、あの家に帰っていいんだってことは、凄く、嬉しかったけれども。 「何処へ帰るの?」 そんな雰囲気を打ち破ったのは、一人の巫女の声。楽園の巫女、博麗霊夢。 「どうした霊夢」 「どうした、じゃないわよ。あんた私に頼んどいて忘れたんじゃないでしょうね」 「何をだ?」 「そこの少年を元の世界へ帰す方法!」 !! 帰れるのか? オレは、元の世界に。 「見つかったのか!」 「見つかったというか、正確には見つけた、ね」 「ど、どうやって?」 「紫が虱潰しに一箇所一箇所駆け巡ってくれたわ」 「よくあの妖怪がそんな面倒臭そうなことをしたな」 「その気になればアイツ、この程度のことなんて一日あれば充分事足りることなのよ。それを鑑みれば、一ヶ月間充分怠けていたわ」 オレは、元の世界に……。 「紫、出てきて」 「ほいっと。別にサボってたんじゃなくてさ、ただ単に満月の夜の方が捜し易いと思っただけ」 出てきて行き成り言い訳を始めやがった、その妖怪の名は八雲紫。境界を操る程度の能力。その後ろには、おそらくオレの居た世界と繋がっているであろう穴が見えた。 「でもそれで正解だった。この境界、どうやら月の満ち欠けも影響するらしく、見つけた境目も明日になれば違う場所と結びつく。だから早くした方がいいよ」 「だ、そうよ」 「よ、良かったな、憂。元の世界に、帰れるぞ」 良かった? 本当に? これでオレは、この世界とおさらばなんだぞ。 慧音、オレはまだ、お前に返事をしてないのに。 「ほら、早く行った行った。念願の元の世界に、本来の家に帰れるんだよ。もっと喜んだらどうだ?」 「慧音は! ……慧音は、オレが帰るの、嬉しいのか?」 「そ、それは。……嬉しいに、嬉しいに決まってるじゃないか。何時だって何処だって、我が家が一番だぞ」 そう、言うよな、慧音の性格ならさ。でも、オレは。 「オレは、慧音と離れたくない」 今の生活が、今の暮らしが、気に行っているから。 それに、それになにより―― 「オレは、慧音が好きだから」 「……ば、ばか。そんなこと言ったって、元の世界にだって、未練はあるだろ? それを、放り投げていいのか?」 久瑠奈。 「お前は言っただろ。孤独が嫌だから、寂しいから、誰かの側には誰かがいるって。私の側には、妹紅がいるから、お前がいなくなっても、寂しくなんて無いさ。でも、お前の世界には、お前がいなくなって、寂しいやつがいるだろ。だから、お前は帰った方がいいんだ」 「…………」 家族は、悲しんでくれているだろうか。寂しんでいてくれているのだろうか。そして、久瑠奈のやつは……。 そうだ、確かに、未練はある。嘘じゃない。家族に会えないのだって、やっぱり寂しい。 でも、未練があるのは。 「未練があるのは、この世界だって、同じなんだ」 てゐに寂しい思いをさせたし、鈴仙に悲しい思いをさせてしまった。それになにより、慧音に―― 「帰る…んだ、憂」 「慧音……」 とんっと、慧音はオレを押した。力強く、紫の後ろにある、穴へと。 「慧…音っ!」 穴に、包まれた。 光に、包まれた。 この世界に来たときと、同じ感覚がする。 「慧音! 何で、どうして! 慧音は、オレが居なくなっても、ホントに平気なのかよ!」 さっきの言葉は、オレをさせる詭弁だと思っていた。いや、思い込んでいた。だけど、こんな強硬手段に出るなんて、ホントに、慧音にとって、オレとの出会いなんて、オレとの時間なんて、オレとの別れなんて、その程度でしかないのかよ。 オレを好きといってくれたことでさえ、その程度でしかないのかよ。 「平気なわけが無い!」 オレのそんなネガティブな思考を、慧音の叫びが、払拭した。 「平気なわけが無いだろ! 一ヶ月間、お前と共に過ごしたのに、何も情が無いはずがないだろ! 私はお前が、憂が好きだ! 大好きだ! だけど、だけど、だからこそ、私はお前を突き放すんだよぉ!」 どんどん、オレの体が沈んでいく。 でも、まだ慧音が見える。慧音に届く。 だから、オレも力一杯叫んだ。 「何でだよ! オレだって慧音が好きだ! だったら一緒にいたっていいだろ!」 「私は、人間を護るものだから――!」 だから、オレを護ってくれるっていうのかよ。 元の世界に帰すっていう、約束を護ってくれるっていうのかよ。 上白沢慧音。人間を守護する獣人。 自分の想いよりも、使命を優先する、不器用な、女の子―― 「慧音――!」 「これ、あげる」 そういって差し出してきたのは、獣の毛で作ったような、キーホルダーのような、お守りだった。 「私の尻尾の毛で作ったから、うさぎの尻尾みたいな、幸運なご利益は無いかもしれないけど、でも」 オレは、その言葉をさえぎるように、そのお守りを受け取った。 「憂……」 「幸運だよ」 「え?」 「慧音の優しさと可愛さで出来てるんだ。これ以上無い、幸運のお守りだよ」 「ありがとう……。そして、ごめんさない」 誤る必要なんて無いのに。寧ろ、こっちが謝らないといけないくらい、迷惑をかけたのに。 「こっちこそ、ごめん。それと、ありがとう――」 目の前は、暗くなり、オレは、穴に、底に、落ちていった。 「気が付いた?」 目を覚ますと、そこは、見慣れた景色。ずっと、16年間見続けてきた景色。そして、これからも見続ける景色。 オレの、部屋。 オレの、居場所。 「吃驚したわよ。行き成り空から落ちてくるんだもん」 「あ……久瑠奈」 「そうよ、貴方の可愛い可愛い幼馴染の久瑠奈さんよ」 「なんで、居るの?」 「……随分な挨拶ね。あんたが空から降ってきて、ずっと気を失ってるから介抱してやったのに」 「そっか。ありがとう」 「ったく、一ヶ月間ふらっといなくなったかと思えば、どさっと帰ってくるんだもん。暢気なものね」 一ヶ月間、ふらっと。オレは、いなくなっていた。 何処に? 「夢を、見てたんだ……」 夢を、幻想を。 「何寝ぼけてんのよ。それじゃあ私は帰るけど、あんたはもうちょっと安静にしてなさいよ」 「ん。あ、ああ」 「大丈夫?」 「うん。多分」 「頼りないわね」 「大丈夫、だよ」 「そう。それじゃあ、明日また学校でね」 「ああ」 とたとたと、騒がしいんだかそうでないんだか良く解らない足音を立てながら、久瑠奈は帰っていった。 一ヶ月。 オレは、一ヶ月間、何処に居たのだろう? 覚えていない。 記憶に無い。 まるで、その一ヶ月間が無かったことになってるかのようだ。 それでも、それでも、なんで、あんまり嫌な気分にならないんだろう? 一か月分、記憶がぽっかりと空いているのに、何で? 何で、とても温かいんだろう。 手を、開いてみる。そこには、何かの動物の毛で作った、お守りがあった。 何故か、涙が止まらなかった―― “Urei's Adventures in Wonderland” is Forgetting.
後書き 描き始めたのは2006年1月28日。まんがまつりに一つじゃ寂しいかなって思って描き始めたやつだが、結局まんがまつりまでには間に合わなくて、そのままずっと放置してたんですが、最近HDDの奥底から見つけたので、再び書き出してみた。 最初は慧音と主人公(=読者、つまりオレ)のらぶらぶストーリーにするつもりだったんだが、見返してみると、慧音よりもうどんげとの方がらぶらぶしてる気がする。 その辺は素直に表現力不足ですごめんなさい。 というか、二次創作であんまりオリキャラ作らない方がいいのかなぁ。オリキャラを作ればそいつの話を掘り下げて、それに既存のキャラを絡ませればいいだけだから楽といえば楽なんだけど、ならいっそ全部オリキャラでいい気もする。 というか世界が幻想郷なだけど、東方じゃないよなこれやっぱ。 でもま、楽しく書けたから良いや。 楽しい話を書けれたかどうかは、……どうだろうね? 話自体は一週間くらい前には出来てたんだけど、絵を描くのが面倒臭かった。 何故挿絵など描こうなどと思ってしまったんだろうか? 2006年12月31日――作・絵:mitsuno
原作:東方シリーズ |